車のシートベルトを締めた瞬間、夫の大輔が冷たい声で言った。「車で迎えに来たぞ。ああ、でもお前は車に乗らないからついてくんなよ。」
私は耳を疑った。「どういうこと?」
「レンタカーが小さいんだよ。荷物入れたらお前の分のスペースないわ。」
「じゃあ荷物を減らせばいいんじゃない?送ることだってできるでしょ?」
「いや、子供たちの荷物は全部必要だろう。お前だけ歩いて帰ればいいじゃん。」
歩いて。ここから家まで6時間以上かかるのに。
「知らねえよ。お前が勝手に海外旅行行ったんだろ。俺を置いて海外旅行とかふざけんなよ。くそ嫁め。だから子供たちだけ迎えに来た。お前は徒歩で帰ってこい。」
「どうしてそんなことをするの?どんな理由があろうと空港に置き去りにするなんてありえないけど。」
「いや、俺たちこれから離婚するんだろう。だったら優しくする理由なんてないじゃん。」
離婚するからと言って、空港に置き去りにする必要はないでしょう。
「これはお前が俺にしたことへの仕返しだ。」
「仕返し?お前が俺に何をしたか忘れたのか。俺を置いて勝手に海外旅行に行ったくせに。」
「ちょっと待って。それに関してはちゃんとあなたを誘ったわよね。そしたらあなた仕事が忙しいから行けないって自分から断ったのよ。」
「誘った形だけだろう。どうせ俺が行けないって分かってて誘ったに決まってる。」
「それでも声はかけたわ。誘われてないと言われるのは違うでしょ。それにいくらむかつくからって空港に置き去りにするのは常識的におかしいわ。」
「お前に常識を語る資格あんの?大黒柱を置いていって楽しそうに旅行してさ、当て付けのように見せつけてきて何が常識だよ。普通は大黒柱を立てるもんだっての。」
「ちょっと待ってよ。そんなことしてないわよ。写真だって見せてないじゃない。」
「SNSで写真見たぞ。お前が投稿してたんだよ。海辺の写真めっちゃ楽しそうだったな。俺は日本で仕事をしてたのに。」
「それならあなたも来ればよかったじゃない。有給もあったしだいぶ前から伝えてたわよ。」
「言い訳すんなよ。とにかく俺を置いてったんだから、お前も置いて行かれる気持ちを味わえよ。」
ああ、呆れた。
「あなたに同額のお金を置いていったわよね。好きなところに行ってって言ったのに、あなたは使わなかったじゃない。」
「金の問題じゃねえんだよ。お前が俺を軽視してるってことが問題なんだよ。それにお前らは海外旅行で贅沢したんだろう。だったら歩くくらい我慢しろよ。」
「私も旅行先で仕事をしていたわ。在宅ワークだからパソコンを持って行ってたし。」
「在宅ワーク?パソコンカチャカチャやってるだけだろ。それを仕事って言うなよ。」
「あなた、デスクワークは仕事でしょ。在宅だってそうなんだけど。」
「お前のはお前だ。意味わかんないわ。というか仕事なら俺の方が頑張ってたんだぞ。毎日残業して家族のために金稼いでるのにさ、お前らが海外で遊んでる間も在宅ワークなんて好き勝手できるけど、俺は会社で上司に怒鳴られながら仕事してんだぞ。お前とは違うんだよ。」
「私の仕事を軽視するのはやめて。」
「軽視?事実だろ。お前が稼いでる金なんて俺の半分以下じゃん。俺が大黒柱なんだよ。だから俺の言うことは絶対なんだ。」
「大輔、あなた本当に何も分かってないのね。まあ、もういいわ。話し合いなんてとっくにできなくなってたんだから。」
そのまま私は空港に取り残された。子供たちは夫と一緒に車で帰っていく。私は6時間の道のりを歩いて帰るしかない。呆然としながら、ふと疑問が湧いた。本当にこれが仕返しなのか。それとも、もっと別の理由があるのか。私はポケットのスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。そこには、夫が旅行中に送ってきた異常なほど冷たいメッセージの数々が残っていた。あの時は気にしなかったけど、今見ると妙に引っかかる。あれは怒りだけじゃない。何かを隠しているような、そんな言葉遣い。私は深く息を吸い、歩き出すことにした。ただ、このまま黙って帰るつもりはなかった。



