「お母さんの容態が急変したから、今すぐ実家に戻って」—そう電話で伝えたら、夫は怒り出した。 「お前が帰るってことは、俺が怒られるんだぞ。お前のせいで母さんに叱られるのは嫌だ」って。 母は危篤なのに、彼が気にしているのは自分の面子だけ。病院のベッドで息も絶え絶えの母を思いながら、私は夫の言葉に絶望した。 「それくらいのこと、これからいくらでもあるわ」—彼は私の必死の叫びを、そう切り捨てた。…

「お母さんの容態が急変したから、今すぐ実家に戻って」—そう電話で伝えたら、夫は怒り出した。 「お前が帰るってことは、俺が怒られるんだぞ。お前のせいで母さんに叱られるのは嫌だ」って。 母は危篤なのに、彼が気にしているのは自分の面子だけ。病院のベッドで息も絶え絶えの母を思いながら、私は夫の言葉に絶望した。 「それくらいのこと、これからいくらでもあるわ」—彼は私の必死の叫びを、そう切り捨てた。...

「ゆい、今すぐ実家に戻ってきてくれ。」

電話の向こうの声は、初めて聞くほど震えていた。私は心臓が冷たくなるのを感じた。

「え? もしかして、お母さんに何かあったの?」

「そうだ。お母さんの容態が急変したんだ。」

「嘘でしょ? この前お見舞いに行った時は、すごく元気そうだったじゃない。」

「実は、ずっと綱渡り状態だったんだよ。とにかく今すぐ病院に来てくれ。」

「助かるのよね?」

「わからない。でも、二人でお母さんが元気になるように祈ろう。」

「わかった。すぐにそっちに行くから。」

電話を切って、私はすぐに荷物をまとめた。それなのに、夫のたやが仕事から帰ってきた時、彼の口から出たのは信じられない言葉だった。

「たや、ちょっと話があるの。」

「なんだよ。こっちは仕事中だぞ。仕事中の私的な連絡は禁止だって言われてるんだ。これがもし母さんにバレたらお願い。」

「大事な話だから聞いてよ。」

彼はスマホを置いて、目を細めた。

「何?」

「お母さんの容態が急変したの。」

「え? この前元気だったとか言ってなかった?」

「そう。とても元気そうだったのに。さっきお父さんから連絡があって、もうずっと入院してたんだって。」

「そうなんだ。それで話って何だよ。」

「今から実家に帰るから、夜は自分でご飯を買ってくるか何かしてほしいの。」

「ああ、そういうことか。俺は別にいいけどさ。じゃあ、お願いね。」

彼はあっさりうなずいた。ほっとしたのも束の間、私は彼の次に発した言葉で血の気が引いた。

「ちょっと待てよ。これはお母さんには伝えてるのか?」

「いいえ。あなたに伝えておけば、別にいいでしょ。」

「そんなことしてたら、お母さんに怒られるのは俺だぞ。」

「怒られるって、何で?」

「お前のために決まってるだろう。母さんはお前に家事を任せてるんだから。急にいなくなったら怒るに決まってる。」

「前に実家に帰った時は、お母さんも普通に許してくれたじゃない。」

「それはたまたまだよ。さすがにこんな連続で帰るってなったら、母さんだって怒るはずだ。だから、その前に母さんにも事前に連絡しておけ。」

私は声を詰まらせた。

「私はすぐにでも実家に帰りたいんだよ。軽く連絡をするだけでいいんだよ。とにかく母さんを怒らせるようなことはするな。」

「事情が分かれば、理解してくれると思うけど。」

「ちゃんと筋は通せよ。お前のせいで俺が母さんに叱られるんだぞ。」

私は彼のあまりの身勝手さに、言葉を失った。

「あなたはいくつなのよ。俺たちの生活を支えてるのは母さんだって忘れるな。母さんは化粧品メーカーを一人で大きくしたんだ。だから俺たちは母さんの立てた家で生活してるし、俺は母さんの会社で働けてるんだぞ。その母さんに見捨てられたら大変なことになるって、考えたら分かるだろう。」

彼の言葉は、まるで私がどれだけお母さんに恩義を感じているかを疑っているかのようだった。でも、今はそれどころじゃない。

「はい、そうです。それだけの重い病気なら、容態が変わることもあるでしょう。なのに、それでいちいち帰ってたら、我が家のことがなおざりになるでしょ。」

「それは、帰るなってことですか?」

「そうよ。この間帰ったばかりなんだから、今回はダめよ。」

「でも、危険な状態なんですよ。」

「それだけ重たい病気なのよ。それくらいのことは、これからいくらでもあるわ。」

「あなたは医者か何かですか?」

私は食ってかかった。しかし夫は鼻で笑った。

「医者じゃなくても、母さんがどれだけ苦労してきたかは知ってる。それに、何度も言うけど、俺は母さんに叱られたくないんだよ。」

私はもう何も言えなかった。目の前の男が、同じ人間とは思えなかった。

それから三日間、私は病院と家を往復した。病院ではお母さんの手を握りながら、彼女が目を覚ますのを祈った。家では夫が冷たい目で私を見つめた。

「本当に分かってるのか? お前が家を空けるたびに、俺がどれだけ周りに気を遣わなきゃいけないか。」

「お母さんが危ないんだよ。それだけは分かって。」

「危ない? また大げさな。前もそう言ってたじゃないか。結局、あなたはいつもそうやって家をほったらかすんだ。」

私は彼の言葉に返す言葉もなく、ただ頭を下げた。その夜、病院から電話が鳴った。

「ゆいさん、お母さんの容態が急変しました。至急来てください。」

私はタクシーを飛ばして病院に駆けつけた。そこには、息を引き取ったお母さんの顔があった。

次の日、私は夫に告げた。

「お母さんが亡くなったよ。葬儀は明後日だ。」

彼は一瞬言葉を失ったが、すぐにこう言った。

「それは大変だな。でも、葬儀には行けないよ。仕事の大事な打ち合わせがあって。」

私は彼をまっすぐに見つめた。

「あんた、それでいいの?」

「だって、母さんの会社でやってる仕事だし。それに、俺が行ったところで何もできないだろ。」

私は何も言わなかった。彼がどれだけお母さんに世話になっていたか、どれだけ恥ずかしい男か。それは言葉にする必要もなかった。

葬儀の日、私は遺影のお母さんに向かって心の中で誓った。「お母さん、私はこの人のことは見たくない。あなたが残してくれたものは、絶対に守ります。」

その後、私は夫に離婚を言い渡した。彼は怒り狂った。

「ふざけるなよ! お前、母さんの会社を俺に渡す気か?」

「あんたに会社のことは任せられない。もう、私は決めたんだ。」

私は弁護士と一緒に、お母さんから託された会社を継ぐ準備を始めた。夫は裁判になると脅してきたが、私は揺れなかった。

最終的に彼は何も得ることができず、自分の荷物をまとめて家を出ていった。私は彼の背中を見ながら、お母さんがくれた強さを感じていた。

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