「ゆ介、結婚おめでとう。来週の式が楽しみね」
母がそう言ったとき、私はすぐに違和感を覚えた。
「母さん、何か勘違いしてない?」
「勘違い?」
「母さんを呼んだのは、一応母親だからよ。本気で祝ってほしいなんて思ってないから」
「ゆ介、そんな言い方ないんじゃない?」
「事実だろう。特殊清掃員だっけ? 他人の死で金を稼いでるババアを、親だと思ってないよ」
「ゆ介、あのね…」
「愛理も両親も、あんたには来てほしくないってさ。薄汚い仕事してる自覚くらい持てよ」
「人から見て気持ちのいい仕事じゃないのは分かってる。けど、私は本気でこの仕事をやってるの」
「本気とか言って、孤独死した負け犬の片付けだろう。偉そうに言うなよ」
「裕介、言っていいことと悪いことがあるわよ」
「切れんなよ。個人を馬鹿にするようなことを言って楽しいの?」
「顔も知らない他人なんてどうでもいいわ」
「ゆ介、あなたね…」
「ああ、うるさい、うるさい。とにかく義理は果たしたからな。結婚式に呼んでやっただけありがたいと思えよ」
「ああ、そうね。ありがとう」
「ゆ介、式当日に渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
「あんたが結婚したら渡そうと思ってたものよ。お父さんからの手紙」
「俺を捨てて出てった親父の手紙? どうでもいいわ」
「それは前に説明したでしょ。お父さんは病気で余命宣告されたから、私たちに迷惑をかけないように出ていったんだろう。で、最後は自宅療養の末に孤独死した」
「そうよ。私が特殊清掃員を始めたのも、それが理由よ」
「情けない」
「何ですって?」
「自分のガキの世話もできないで、何が親だ。勝手に消えて勝手に死んだだけだ。迷惑なんだよ」
「ゆ介、せめてあんたが来て、式の雰囲気だけは壊さないで。すみっこで黙って座ってなさい」
結婚式当日。
お母さんを式に呼んだ覚えがないのに、来ていた。
「そんなだから、あんな目に遭うんですよ」
「あんな目ね。確かに来なければよかったと思ったわ。亡くなったお父さんからの手紙とか、気持ち悪い」
「そうかしら」
「裕介は常々言ってましたよ。幼い頃に自分を捨てて消えた父親は大嫌いだって。もちろん、薄汚い仕事をしているお母さんも。だから、あの人からの手紙をビリビリに破いて捨ててもいいって」
「しょうがないでしょう。それだけ裕介にとって、あなたたちはゴミなんですから」
「親族室でよかったわね。他の参列者の人には見られなくて」
「そうですね。私たち全員に無視されて、手紙も破って捨てられて、さぞ悔しいでしょ。これが答えですよ」
「本当に、さっきも言ったけど、来なければよかったわ。実の息子の答えがこれなんだから」
「だから、誰も呼んでないのに来るからですよ」
「一応、裕介は呼んだわよ」
「そんなの体裁のためですよ。実の母親を呼ばないなんて見栄えが悪いから。本心から来てほしくなかった。そういうことでしょう」
「理解するのが遅かったわね。そもそも、顔もほとんど覚えてない父親の手紙なんて迷惑」
「そういうことでしょうね」
「特殊清掃員なんて汚れた仕事してる奴は、無視されて当然。裕介はいつも言ってますからね。母さんの仕事のせいで苦労したんだって」
「嫌われてることくらい、言われなくても知ってたわ」
「なら、何で来たんですか?」
「あの手紙を渡すのが、夫の最後の願いだったのよ。だから、全部覚悟で参列したんだけど」
「そういうの、押し付けって言うんですよ。勉強になってよかったですね」
「そうね。もう帰るわ。裕介にも言っておいて。今日でもう親子は終わりだって」
「さあ、まあ、きっと裕介も喜びますよ」
1時間後。
「裕介、何この着信の量? 300件って。スマホが壊れたのかと思ったわよ」
「折り返してくるのが遅えよ、母さん」
「とにかく早く会場に戻ってこい」
「は? なんで? 私、愛理さんに伝えたはずよね。親子はもう終わりにするって」
「そんなのどうでもいいから。今こっちは大変なことになってんだよ」
「大変なこと? 結婚式の最中じゃないの?」
「実は、さっきの親族控え室でのやり取り、あれが式場に全部流れてたんだ」
「ああ、どういうこと?」
「控え室に置いてた予備のマイクに電源が入ってたんだと」
「それはつまり、全部垂れ流しだったってこと?」
「そうだよ。俺が母さんに言ったことも、手紙を破り捨てたのも、全部だ」
「なんでそんなことに?」
「会場スタッフのミスだって言われた。ふざけやがって。絶対後で損害賠償を請求してやる」
「そう。大変ね」
「大変ね、じゃないだろう。早く戻ってきて、参列者に事情を説明してくれ。このままじゃ収集つかないんだよ」
「事情説明って、皆さんが聞いた通りでしょ」
「は?」
「特殊清掃員なんて他人の命で金を稼ぐ汚い商売。蒸発した父親の手紙なんてトイレットペーパー以下。そう言って破り捨てたのは、あなたじゃない」
「だから、それをなんとかうまくごまかせって言ってんの。今日の式にはうちの社長も来てくれてたんだぞ」
「良かったわね。早めにあなたの本性が伝わって」
「そういう問題じゃないだろう。このままじゃ会社での俺の立場が…それに友達だって来てるんだぞ」
「友達って、小学生から一緒の健太君も?」
「ああ、健太も来てる」
「健太君とは少し前に仕事関係で会ったわよ。あの子、昔は悪ガキだったのに、立派な公務員なのよね」
「どうでもいいわ。健太の仕事なんて。それよりも早くごまかしに来てくれ。母さんが一言『あれは違うんだ』って言えばいいんだよ」
「嫌よ」
「はあ?」
「息子の晴れ舞台がめちゃくちゃになってんだぞ」
「今日の出来事で、息子とは思わないことにしたから」
「そんな無責任なことが通るか」
「しかも、私は何も悪くないじゃない。スタッフの方のミスとはいえ、言ったこともやったことも事実なら、あなたの責任であって、私の責任じゃないわ」
「親なら子供を助けるのは当たり前だろう」
「その親を散々馬鹿にしてた人が言うことじゃないわね」
「だからって…くそ、どうすりゃいいんだよ」
「さあ、薄汚い母親に頼る前に、自力でどうにかしなさい。あの手紙を破り捨てた時点で、あなたはもう私の息子じゃなくなったんだから」
数日後。
「健太、相談があるんだけど」
「裕介、どうした?」
「この間の結婚式は、まあ最悪だったな」
「最悪ってレベルじゃねえよ。会社での立場も、あれから最悪なんだぞ」
「まあ、自業自得だと思うけどな」
「で、相談ってのは、愛理と話し合ったんだけどさ、俺たち、母さんを訴えようと思ってるんだよ」
「は? おばさんを? なんで?」
「ああなったのは、母さんのせいだろ」
「いや、お前のせいだろ。マイクが入ってたのは事故としても、お前がおばさんを馬鹿にしたから、ああなったんだろ」
「違う、違う。そもそもの話、母さんが来なけりゃよかったんだよ」
「はあ…」
「で、俺たちは考えたんだよ。どうやったらこの状況から切り返せるか」
「一応聞くわ。どうやんの?」
「あのマイクが入ってたの。あれを、母さんが仕掛けたってことにしたらどうだ?」
「は? マジでバカだろ。それって証拠捏造するってことだよな」
「言い方が悪いぞ。ミスしたスタッフが自発的に証言するんだよ」
「するわけないだろ」
「するんだよ。なあ、これがな、今回のミスで首寸前らしくてさ。ちょっと金つかませたら、言うこと聞いてくれるってよ」
「アホ。いいか、友人として言うけど、絶対やめとけ」
「で、それだけだと弱いだろ。だから、お前からも証言してほしいと思って」
「話聞けよ」
「証言って?」
「お前、役所の仕事で母さんと働いたんだろ?」
「ああ、ちょっと前にな、生活保護受給者のじいさんが亡くなって、その後始末で業者として来てもらったんだ」
「お前も大変だなあ。負け犬の知り合いとか」
「そんなことはないけど」
「で、その時の母さんの態度が悪かったとかさ、あとはよく嘘をつく人だとか、そういう証言してくんね。ガキの頃から知ってるお前なら、信憑性もあるし」
「無理」
「なんでだよ。小学校の頃からの親友だろ、俺たち」
「俺、おばさんのこと尊敬してるんだよ」
「はあ? あのババアを尊敬? 何の冗談だよ。お前もガキの頃は俺と一緒にバカにしてたじゃん」
「大人になって考えが変わったんだよ。お前もいつまでもガキみたいなこと言ってないでさ。いい加減、親のせいだけにするのやめろよ」
「うるせえ。この裏切り者が」
「裏切り者? お前に頼ろうと思った俺がバカだった。こっちのことはこっちだけでやる。お前とはもう友達でもなんでもない」
「そうかよ。呆れるわ。お前の力がなくても、俺たちだけでやってやる。母さんに奪われた立場も、絶対に取り返すからな」
1週間後。
「お母さん、私たちの訴状です」
「は? 何が?」
「裕介と相談して、訴えることにしたんで」
「私を?」
「そう。証拠もあるんで、慰謝料払ってくださいね」
「へえ、そうなんだ。頑張ってね」
「余裕ぶってるところ悪いんですけど、マジですから。私たちの結婚式を台無しにしたんだから、当然ですよね」
「あなたも同罪よね。好きにしたらいいと思うけど」
「いや、でも今回の件はマジで焦りましたよ。ぶっちゃけ、裕介との離婚も考えましたし」
「離婚って、入籍してまだ1ヶ月も経ってないでしょ」
「だって、裕介と結婚したのは大企業勤めだからだし。その仕事がなくなる可能性あるとか、マジでもう無理ってなりましたよ」
「それは今も変わってないんじゃないの?」
「慰謝料請求して勝つんですよ。その時点で私たちの潔白は証明できるんで。裕介の会社での立場も回復ってことです」
「離婚せずに済んで、本当に助かりました」
「ATMが欲しいだけなら、裕介である必要はないわよね」
「それはそうなんですけど、嫁として止めたいな。そういうのだるいんで」
「つまり、お金もあって社会的な立場もある。その上で親子関係も悪い裕介は有料物件。今更他の男を探すのしんどいし。お母さんを訴えて金ももらって、他も解決。最高」
「なんだかあなたの言動を見てると悲しくなるわ。裕介は女性を見る目もなかったみたいね」
「いやいや、私可愛いし。これでも尽くすタイプなんですよ」
「お金があるうちはでしょ」
「正解です」
「ああ、まあ、うまくいくといいわね」
「自分が訴えられるのに、何その余裕。受ける」
「私もあなたたちの足りない頭を見てると受けるわ」
「は?」
「縁を切って正解だった。その答え合わせをこんなにすぐにしてくれるんだもの。ありがとうね」
「喧嘩売ってます」
「喧嘩って、同じレベルでしか起きないのよ。残念だけど、あなたたちと喧嘩できるほど子供じゃないの」
「その余裕ぶった態度、マジで腹立つ。すぐに謝らせてやりますから」
「できるならどうぞ。謝るのはそっちだと思うけどね」
数日後。
「裕介、順調じゃねえよ」
「なんだ?」
「なんか、式場スタッフのやつと連絡取れなくなったんだ。あいつ、証言するって約束したのに」
「それだったら、俺が原因だわ」
「は? どういうことだよ」
「お前から話聞いて、すぐそのスタッフに会いに行ってな。釘を刺しといた」
「釘?」
「ミスが原因で仕事首になるのと、証言を捏造して警察の世話になるの。どっちがいいって聞いたら、即バックレたよ」
「ふざけんな。何してくれてんだよ、てめえ」
「お前にとっても悪いことじゃないだろう。友達として、捕まる前に止めてやったんだから」
「何が友達としてだよ、この裏切り者が。お前、母さんを尊敬してるとか言ってたよな。友情よりもあのババアを取るってか」
「そんな体操じゃないけどな。単純に、お前と違って大人になったんだよ」
「大人になっただ? お前だって、母さんのこと薄気味悪いって言ってたくせに」
「ガキの頃はな。前に話したよな。おばさんと現場で会ったって話」
「ああ、生活保護受給者が亡くなってどうのって話か」
「その時、ぶっちゃけ思ったわ。なんで俺の担当してる奴が亡くなるんだよって。仕事増やすなよってさ」
「それが何だって言うんだよ」
「そのじいさんの家、ゴミ屋敷みたいな状態でな。警察呼んで遺族にも連絡して、引き取ってくれないって言うから、業者も呼んだ。それが母さんだったってわけだ」
「孤独死した負け犬のために苦労なこった。知りもしない奴の遺体見て後処理して、ふざけんなよって思った。気分悪いし、他の誰かがやってくれよって」
「そりゃそうだろ」
「けど、おばさんは違ったんだよ。一生懸命部屋片付けて、遺品整理して」
「それがアイツの仕事だからだろ」
「それもあるとは思うけど、でもあそこまで丁寧な仕事してる人、見たことないんだよ」
「あっそ」
「そのおじいさんな、孫に手紙書いてたみたいでさ、ゴミの山から見つけて、遺族の方に渡してた。その手紙読んだ遺族が、引き取るって言って、驚いたよ」
「さっきから何が言いたいんだよ。お前の思い出話を聞いてる余裕はないんだぞ」
「本当に恥ずかしいのは誰かってことだよ」
「は?」
「ガキの頃、バカにしてきた。おばさんがやってる仕事を、なんとなく知った気になって、不気味だの、薄気味悪いだの」
「事実だろ?」
「俺は自分が恥ずかしかったよ。何も知らないくせに、外から見ただけで決めつけてさ。裕介、今のお前、マジで恥ずかしいよ」
「はあ?」
「おばさんのせいにして、自分は逃げて。ガキの頃から何も変わってない。そんな奴がおばさんを悪く言うのは、マジで腹立つ」
「なんだってんだよ。俺は母さんのせいで苦労してきたんだ。お前だって知ってるだろ」
「だから、おばさんを馬鹿にしてもいいって? 親父さんが残してくれた手紙を破いていいって? ふざけんなよ」
「健太、お前がいい大学出れたのは誰のおかげだよ。有名企業に就職できたのは、お前がバカにしてるおばさんのおかげだろうが」
「それは…」
「そういうことには目をつむって、恥ずかしいだの、不潔だの。どの口で言ってんだよ。苦労した以上に、世話になってきたんだろうが」
「でも、俺は…」
「お前と親子の演技してるおばさん、正解だわ。俺ももう、お前みたいな奴とは縁を切る。じゃあな」
「裕介、そうやって一生誰かのせいにしてろよ」
翌日。
「愛理さん、今時間いいかしら?」
「何ですか? こっちは今忙しいんですけど」
「裕介との離婚準備?」
「そうですよ。裕介が言ってた作戦は失敗したし。請求とかされるんでしょ? 金が払えない。ATMに興味ないんで」
「裕介に全部押し付けて離婚して、さっさと逃げようって」
「元をたどれば、そちらの家の問題でしょ。私には関係ないんで。続きはそっちだけで勝手にやっててください」
「愛理さん、あなた、SNSで投稿してたわね」
「は? 何をですか?」
「今回の件についてよ。『義母が嘘ついたせいで式がめちゃくちゃになった。証拠も揃ったから損害賠償請求する』って」
「しましたけど、それが今は何の関係もないですよね」
「これ、名誉毀損だから」
「へ? まるで私が悪いのが事実みたいな書き方よね。しかも私の会社の名前まで出してる。私個人としても、会社での立場も傷められたわ」
「ちょっと待ってくださいよ。名誉毀損って何それ? 私が訴えられるの?」
「そうよ。社会的な信用も傷つけられたから。弁護士の方が言うには、200万くらいだそうよ」
「たっか。嘘でしょ?」
「あなた、SNSのフォロワー多いのね。おかげで拡散も早くて、こちらの被害も大きくなったからこその金額よ」
「バカ言わないでください。ただでさえこっちは離婚するんですよ。そんなの払えるわけないでしょ」
「そちらの都合は関係ありません。ああ、あと、今までのあなたの言動。あれも慰謝料請求するから」
「はあ?」
「LINEでの証拠もあるし。SNSでも似たような投稿してるでしょ。人格攻撃よ、これは」
「そ、それっていくら?」
「安心して。こっちはそんなに高くないから。せいぜい100万くらいね」
「追加で100万、合わせて300万ってこと? こんなのありえない」
「残念だけど、あなたのATM、壊れてたんじゃない? 出金専用じゃなくて、入金専用だったみたいね。ご愁傷様でした」
数日後。
「母さん、なんだよこれ。名誉毀損で愛理に請求するんじゃなかったのか」
「いや、当然あなたにもするわよ。愛理にしてんだから、それで十分だろ」
「証拠を捏造しようとしたのはあなたでしょ。愛理さんとあなたは別だから」
「だからって300万って」
「それと、あなたの言動についても慰謝料請求するからね。愛理さんと同じ」
「そういうのって、2人なら分とかじゃないのか」
「いや、あなたと愛理さん、両方から被害を受けてるの。それぞれに請求するわよ」
「そんな…」
「慰謝料は100万くらいでしょうね。合わせて400万よ」
「なあ、母さん。俺、愛理とは離婚するんだ」
「らしいわね。それに、結婚式のことで会社での立場も悪くて、でしょうね。そんな状態で400万も請求されたら、俺の人生が終わっちまうんだよ」
「そうですか。ご愁傷様でした」
「人みたいに言うな。どれだけ俺の人生を邪魔すれば気が済むんだよ」
「邪魔なんてしてないでしょ」
「あんたの仕事のせいで、ガキの頃から苦労ばっかで、同級生から薄気味悪いって馬鹿にされてきたんだぞ」
「裕介、親父さんもそうだ。勝手に消えて…」
「それで俺は…」
「お父さんがいなくなったことの説明はしたじゃない」
「そんなの知るか。俺は迷惑してきたんだ。被害者なんだよ」
「確かにあなたに迷惑をかけた部分は否定しないけどね。今の状況まで親のせいにするのは違うでしょ」
「なんだと?」
「お父さんからの手紙を破いて捨てたのはあなた。それが式場へ流れたのは事故だと言えるわ。けど、その後は…証拠を捏造して私のせいにしようとした。これはあなたが自分で選んだ行動でしょ。その結果は、他の誰のせいでもない」
「あんたが式場に来なかったらよかったんだ」
「最初から体裁なんて気にせず、招待しなければよかったのよ」
「それは俺にも色々あったんだよ」
「お父さんからの手紙を破り捨てずに受け取っていれば、私はあなたの親としてあなたを守ったわ」
「終わったことだろ? 今更そんなこと言って、何になるんだよ」
「なら、あなたの言ってることも全部終わったことよ」
「俺は…あんたみたいになりたくなくて、だから必死で勉強して大手に就職したんだ。それがこんな形で」
「そうなったのも、あなたの選択の結果でしょ。いつだって誰かのせいにして、何かのせいにしてきた。それが今の状況を作ったの」
「俺は…」
「私は一度だって逃げたことはない。シングルマザーになった時も、あの人の死を知った時も、あなたや愛理さんに無視されてけなされた時も、一度だって誰かのせいにしたことはない」
「母さん、頼むよ。俺が悪かったからさ。助けてくれよ」
「親だってね、一人の人間なの。大事にしてる仕事、大切にしている夫との思い出。それを踏みにじられて、あなたを助けたいとは思わない」
「そんな…」
「もう二度と、薄汚い母親はあなたの前には現れないわ。さようなら、裕介」
その後、裕介と愛理さんは結局離婚しました。それぞれが抱えた賠償金や慰謝料に、今も苦しんでいます。
愛理さんはご両親にも見放され、今は水商売をしているそうです。元々お金ばかりだった上で、払うべき請求に追われる日々。余裕はなく、接客もうまくいっていないようで、人気は出ていないんだとか。若くて可愛いというのは時間限定の強みです。それを切り売りするだけの彼女に、明るい未来があるとは思えません。
一方、裕介はといえば、結婚式での暴露放送に加えて、私を貶めるために捏造までした事実。これらが会社内でも広がってしまい、立場をなくして失職。今は派遣を掛け持ちし、なんとか生計を立てているんだとか。家事をする余裕もなく、ゴミ屋敷同然の家で酒を飲んで愚痴を巻く日々。負け犬だと笑っていた生活を、自ら実演している姿は滑稽だと言えるでしょう。
私の仕事は、亡くなった人の思いを生きている人に伝える仕事です。気分のいい仕事ではありません。外から見た時、気持ちよく受け入れてもらえる仕事でもないかもしれません。ですが、それでもこの仕事に誇りを持っています。
夫が孤独死したと聞いた時、私は初めて夫が病気だったことを知りました。夫が私と裕介へと書き残した手紙を見ました。そして、裕介が結婚した時に渡そうとしていた手紙も。
そういった思いを、これからも伝えていくこと。それが私の生きる意味なのだと、そう思います。



