午前3時15分、電話が鳴った。松原博典は条件反射で受話器を取った。消防か警察か、警備会社の本部か。緊急の電話はいつもそのどれかだと、11年の経験で分かっていた。
だが相手は青森県立中央病院の夜間受付の看護師だった。
「松原千代さんのご家族の方でしょうか」
その言葉で、松原の体が一瞬止まった。88歳の母は、青森の実家で一人暮らしを続けていた。去年まで電話の声はしっかりしていた。
看護師は静かな声で説明した。脳卒中の疑いで救急搬送されたこと、現在検査中であること、家族への連絡が必要なこと。
松原はメモを取りながら聞いた。手は動いていた。頭も動いていた。電話を切った後、3秒間固まったまま動けなかった。
それから動き始めた。スマートフォンで新幹線の時刻を確認し、東京に出て東北新幹線に乗るルートを頭に描いた。次に入院費用を計算し始めた。銀行アプリを開いた。
画面が表示されるまで1秒か2秒。松原の目が止まった。
残高が0だった。
見間違いだと思って画面を閉じ、もう一度開いた。0だった。画面の下には小さな文字で「口座差し押さえ」の通知が出ていた。
参照番号の横に債権者の名称が書いてあった。知っている名前だった。いや、忘れようとしていた名前だった。
15年前のことだ。弟の俊助が小さな飲食店を出すと言い、松原は保証人として署名した。父が病床にあった時期で、家族の頼みとして断れなかった。店は3年で潰れ、弟は自己破産を申請した。松原は弁護士に相談し、保証債務も整理される場合があると聞き、それ以上追わなかった。
だが整理されていなかった。債務は別の債権回収会社に売却され、15年分の遅延損害金が積み上がっていた。法的な手続きを経て、今夜、松原の口座が差し押さえられた。
800万円が消えた。
65歳の松原は、防災センターの椅子に座ったままスマートフォンを膝に置いた。隣では同僚の塚本が鼾をかいて眠っていた。モニターの青白い光だけが室内を照らしていた。
65年間の自分の人生を、松原は初めてまともに見つめた。貯金はない。家族はいない。友人と呼べる人間もいない。そして今、森の病院に88歳の母が一人で運ばれた。
3時のコーヒーを飲む余裕はなかった。
大宮発の始発新幹線は午前5時40分に出た。松原は一睡もせず、財布の中には現金6万2000円だけがあった。キャッシュカードはもう使えない。クレジットカードは持っていたが、口座残高がゼロでは何をしても無駄だった。
新幹線の中で松原は窓の外を見ていた。まだ夜明け前で、窓には自分の顔が薄く映っていた。65年間で積み上げたものが一夜で崩れた。そういう顔をしているかと思ったが、そうではなかった。ただ静かな顔だった。それが余計に自分でも気持ち悪かった。
青森に着いたのは午前9時を少し過ぎた頃だった。担当医の説明は丁寧で正確だった。脳幹部近くの出血による脳卒中で、左半身の麻痺が残っている。言語機能への影響もあり会話は難しいが、意識はある。長期の療養が必要になる可能性が高いという。
医療相談窓口に回され、30代のソーシャルワーカーが費用の説明をした。月15万円、施設によっては20万円を超えることもあるという。
松原は廊下で壁に背をつけて立ち止まり、スマートフォンを取り出した。弟の番号を呼び出した。かけなければならないという感覚があった。
呼び出し音が6回目で繋がった。背後の低い音楽が聞こえてきた。バーかクラブか。昼前だというのにそういう場所にいるらしかった。
「母が脳卒中で倒れた。左半身に麻痺が出ている。費用がかかる。そして俺の口座が差し押さえられた」
電話越しに短い沈黙があった。それから俊助が言った。
「俺は自己破産の手続きを済ませたから、法的な責任はもうない」
声は平静だった。謝罪ではなく、事実の通知のような言い方だった。
「法律の話をしているんじゃない。お前が起こしたことで俺の金が消えた。母親が病院にいる。それだけのことを言っている」
俊助は少し間を置いた。背後の音楽が一度大きくなって、また小さくなった。
「うちも余裕ないから」
それだけ言って、電話は切れた。
松原は廊下の端で天井の蛍光灯を一度だけ見上げた。怒りがないわけではなかった。だがその怒りは、今すぐ吹き出すようなものではなかった。長い歳月をかけて積み重なったものが、今日また一層積み上がったという感覚だった。
母の病室は4人部屋だった。母の千代は横向きに寝て目を閉じていた。松原は椅子を引いてベッドの横に座った。何も言わなかった。言うべき言葉を考えたわけではなく、言葉という形式が今ここには合わないと感じていた。30分ほどそこに座って母の呼吸を聞いていた。
最後に右手をそっと伸ばして、母の右手の甲に置いた。3秒か4秒そのままにして、手を引いた。振り返らずに病室を出た。
埼玉に戻った翌日から、松原は夜勤に加えて日中の補助業務も引き受けた。実質的に1日16時間施設にいることになった。体はついてきた。問題は数字だった。
母の入院費は最低でも月15万円。自分の家賃と生活費を引けば、毎月赤字になる計算だった。食費を削った。昼は水だけにした。夕食は深夜のコンビニの半額シールが貼られたおにぎりを一つだけ買った。洗濯は手洗いに変えた。シャツへのアイロンだけはやめなかった。それは節約とは関係のない習慣だった。
給料日、手取り14万2000円が口座に入ると、松原はすぐに病院へ12万円振り込んだ。残りは家賃と食費に当てた。計算上は足りない。だが今月は過ぎて回った。
ある夜、塚本が珍しい顔をして話しかけてきた。いつもは自分の家族の愚痴を一方的に話すのに、その夜は最初から松原を見ていた。
「最近どうだ」
「何がだ」
「顔色が悪いとか、飯食えてるかとか、そういうことだ」
「問題ない」
塚本はしばらく黙っていた。それからおもむろに言った。
「お前の親父さんが残した土地、長野の方にあるやつ、まだ持ってるか」
父が亡くなって12年になる。長野県の山間部に小さな山林の土地があった。面積は300坪ほどで、農業にも住宅にも使えない代物だった。固定資産税が年に数万円かかるだけで、売れるとも思っていなかった。
「なぜそれを知っているんだ」
「前に話してたじゃないか」
松原には記憶がなかったが、ありえないことではなかった。塚本は続けた。
「実は弟が不動産関係の仕事をしていて、長野の山の方で土地を探している相手がいるらしい。場所によっては200万くらいなら話がつくかもしれない。興味があれば話をつないでもいいが」
200万という数字が頭の中で自動的に変換された。入院費の10ヶ月分以上になる。処分に困っていた土地ではある。しかし200万が妥当なのかどうか、比較する材料を今は持っていなかった。
「少し考えさせてくれ」
翌日、松原は固定資産税の納付書から土地の評価額を確認した。路線価ベースでは300万弱だった。しかし山林の場合、評価額と実際の売買価格は大きく異なることがある。売れない土地は評価額にしかならない。200万という数字が絶対に安いとは言いきれなかった。
考えている余裕がなくなった。夜勤の時間が来た。
「話を進めてもらっていい」
塚本は早かった。2日後には契約書の草案が出てきた。売買金額200万円。支払いは現金書留で送付するとあった。弁護士に頼めば費用が発生する。今の状況でそれを捻出する余裕はなかった。契約書の文面は標準的なもので、松原は署名した。
その翌日、現金書留が届いた。200万円。松原は確認して、翌朝すぐに病院へ振り込んだ。大きな安堵はなかった。問題が解決したわけではなく、少し送らせただけだという認識があった。
3日後の深夜、松原は巡回中に地下の通路でゴミが散らかっているのに気づいた。拾いながら進んでいると、紙幣の切れ端が落ちていた。コピーミスか不要になって捨てられたものらしかった。
ゴミ袋に入れようとした瞬間、折り目の端に印刷された文字が目に入った。見覚えのある文字列だった。長野県のあの土地の住所だった。
紙を広げた。契約書の写しだった。売主の欄に自分の名前があった。買主の欄に塚本の名前があった。しかしその下にもう一つの欄があった。転売先として別の会社名が記載されていた。太陽光発電の関連会社で、規模の大きな企業らしいことが文面から読み取れた。
金額の欄があった。2500万円と書いてあった。
松原は数秒間、その数字を見た。もう一度、最初から読み直した。塚本から太陽光発電会社への転売契約の締結日は、松原が署名した翌日だった。
つまり塚本は、松原から土地を買い取る前の段階で転売先を決めていた。あの土地が太陽光発電の事業用地として大型企業に高額で売れることをあらかじめ知っていた。その情報を持ったまま松原に近づき、200万円で買い取り、翌日に2500万円で売り抜けた。差額は2300万円だった。
松原は紙を持ったまま通路の壁に背をつけた。手の中で紙が少しずつ歪んでいた。あのいつも疲れた顔。妻の愚痴を話す時の沈んだ声。「せかすつもりはない」と言った時の穏やかな口調。何年もの間、同じ夜勤に入って隣で愚痴を聞いてきた男。その男が、自分が一番追い詰められた瞬間に動いていた。
偶然ではなかった。母の入院を知っていた。松原が金銭的に困っていることは、態度や食事の変化から見て取れたはずだった。そのタイミングを図って土地の話を持ち出した。
松原は紙を丁寧に三つ折りにして、制服のポケットに入れた。防災センターに戻ると、塚本は椅子にうつむいて眠っていた。松原はコーヒーを作った。味がしなかった。ただ熱い液体が喉を通っていくだけだった。
翌朝、松原は塚本が一人でいる時間を見計らって声をかけた。二人で地下の駐車場に降りた。薄暗い蛍光灯の光の中で、松原は紙を広げて塚本の目の前に差し出した。
塚本の表情が動いた。驚いたというよりは「見つかった」という顔だった。一瞬だけそういう顔をして、すぐに別の表情に切り替わった。口元が緩んだ。苦笑いに近かった。
「なんだ、見つけたのか」
声に悪びれた様子はなかった。
「こういう話はどこにでもある。情報を持っている人間が得をする。それだけのことだ。お前が知らなかっただけで、俺が悪いわけじゃない。契約は正当にやった。200万は払った。合法だ」
松原の中で何かが引き絞られていくような感覚があった。横のコンクリートの柱に左手の甲が触れた。自分が何をするかについて、一瞬だけ考えた。塚本の体格は松原より一回り小さかった。この距離なら1秒以内に動ける。
だが動かなかった。頭の中で計算が走った。この場で手を出せば、職場での暴力として即解雇になる。場合によっては傷害罪で警察に引き渡される。そうなれば今夜の給料が消える。来月の給料が消える。母の入院費を払う手段が消える。
体が止まった。松原はゆっくりと腕を下ろし、紙を折り直してポケットに入れた。何も言わずに背を向けた。背後で塚本が何か言った気がしたが、聞き取るつもりもなかった。
それから1週間が過ぎた。松原の生活は見た目には変わらなかった。塚本とは業務上の言葉以外を交わさなくなった。母の病院からは週に一度、看護師から状況報告の電話が来た。容体は安定しているが回復は緩やかで、リハビリへの意欲がなかなか出てこないという話だった。松原は「承知しました」と答えるだけだった。
ある夜の巡回中、松原は2階のおもちゃ屋の裏手で明かりを見つけた。店の裏側の作業室の小窓から光が漏れていた。この時間に明かりがつくことはなかった。覗くと、店主の織田桐数也が一人でダンボール箱を整理していた。
「在庫整理をしていたんです」
声が少し枯れていた。
「経営が厳しいんです。今のテナント料を払い続けるのが難しくなってきて、来月更新のタイミングで契約を続けるかどうか判断しなければならない」
「店を閉めるなら在庫を処分しなければならない。それを今夜やっている。夜中にしか時間が取れないから」
レン君はどうしたのかと松原は聞いた。自分でもなぜその名前を出したのかわからなかった。
「今夜は近くの知り合いに預けています。あの子、松原さんのこと覚えてますよ。車の話をよくします」
松原は何も言わなかった。その代わりに「手伝おうか」と言った。
それから1時間ほど、二人で在庫のダンボールを積んだ。会話はほとんどなかった。松原がダンボールを持ち、織田桐が場所を指定した。作業が一段落した時、織田桐がペットボトルのお茶を差し出した。
「実は知り合いに運送会社をやっている人がいて、そこで警備の責任者を探しているという話を聞いたんです。年齢不問で優遇だと。松原さんみたいな人が向いてると思う。もし興味があれば話をつないでもいいか」
「今の給与より上がるのか」
「詳しくは分からないけど、今より条件はいいと思う。正社員での雇用で、現場責任者なら月20万以上は出るはずだと聞いています」
松原の頭の中で計算が動いた。月20万あれば母の入院費を払いながら自分の生活費も賄える。赤字にならずに済む。
「話を聞かせてもらえるなら、聞かせてほしい」
翌朝、施設の所長から緊急の全体招集がかかった。朝8時に会議室へ警備員全員が集められた。所長の顔が険しく、隣に本社らしい人間が2人座っていた。見たことのない顔だった。
施設の運営会社が先週、外資系のファンドに買収されたこと。新しい運営方針として施設を閉鎖し、土地を再開発することが決まったこと。閉鎖は3日後であること。
3日後という言葉が会議室に落ちた。何人かが声を上げた。所長は手を上げて制し、「本社の判断で」という言葉を何度か繰り返した。警備員の多くは外部委託の契約社員だった。松原もそうだった。契約社員については契約満了としての処理になる。保障はない。退職金もない。
会議室が騒がしくなった。松原は静かに座っていた。次の給料日まで2週間ある。3日後から収入がなくなる。貯金は今ほとんどない。母の来月の入院費をどこから払うか。
会議が終わって廊下に出ると、何人かが所長に詰め寄っていた。松原はその輪には加わらず、スマートフォンで織田桐に連絡した。電話は繋がらなかった。メッセージを送った。「施設が3日後に閉まること。例の話はまだ進められるか」
既読がついた。しばらくして返信が来た。
「実は自分も一昨日連絡があって、3日後に撤退しなければならないことが分かったんです。運送会社の知り合いには連絡を取ろうとしましたが、番号が変わっていて繋がらない。少し時間をくれ」
松原は「了解した」と返信した。それから電話帳を開いた。運送会社、警備会社、施設管理会社。手当たり次第に求人を探し始めた。
年齢制限のあるところが多かった。65歳という数字が跳ね返されていく感覚があった。
翌日、織田桐からメッセージが来た。知り合いと連絡が取れたが、状況が変わっていて、その会社自体が資金繰りに詰まっていて採用を一時凍結したという話だった。「申し訳ない」と書いてあった。松原は「謝らなくていい」と返信した。
3日後、施設は予告通りにしまった。朝9時に全員で鍵を返却し、正面玄関のシャッターが下ろされた。11年間毎晩歩いた通路が、外から見るとただの灰色の壁になった。松原は施設の外観を見た。ガラス張りの外壁に灰色の空が映っていた。11年分の夜がその壁の中に積み重なっていた。それが今日終わった。
若い警備員が「どうするんですか」と聞いてきた。
「探す」と松原は言った。
アパートに帰ってシャツをハンガーにかけた。明日のためのシャツを選んでアイロンをかけた。どこに着ていくかは分からなかった。それでもアイロンをかけた。
失業してから最初の1週間は、求人票を読むことで終わった。埼玉、東京、神奈川。範囲を広げて探した。「夜勤経験者優遇」「年齢不問」を頼りに探したが、内容を読み込んでいくと「60歳以下」あるいは「65歳未満」という条件がこっそり書いてあることが多かった。正社員採用に至っては55歳以下という求人が大半だった。
3件の応募のうち、1件は書類選考で不採用。もう1件は電話で「今回は少し若い方を想定しておりまして」と言われて終わった。3件目は面接に呼ばれた。担当者は40代の男で、最後にこう言った。
「ご経歴は申し分ないんですが、弊社の保険の関係で66歳以上の方の正社員採用が少し難しい状況でして。ただ単発の日雇いであれば随時お仕事をご紹介できる可能性はありますが」
松原は「分かりました」と言って立ち上がった。
翌日から、松原は日雇いの交通誘導員の仕事を始めた。川越市の道路工事現場で、オレンジ色のベストを着て旗を持って立った。一日中立ち続けた。体は問題なかった。夕方、日当9000円を受け取って帰った。
2週間後、アパートの更新の時期が来た。更新料は1ヶ月分の家賃、5万5000円。母の入院費に当てるつもりだった分が消える。翌日、松原は不動産会社に電話した。契約を更新しない旨を伝えた。退去まで1ヶ月だった。
その1ヶ月の間に新しい部屋を探した。家賃3万円台の物件を探したが、埼玉でも都市部に近い場所では難しかった。さらに問題があった。松原には今定職がなかった。家賃保証会社の審査が通らない可能性が高いと、不動産屋に正直に言われた。どの物件も保証会社の審査が前提だった。
退去の期限まで残り1週間になった時、松原は一つの選択肢を計算した。ネットカフェだ。個室のブースで1日1500円から2000円程度。荷物は最小限にまとめてトランクルームに預ければいい。部屋が決まらない間の選択肢として、今は他になかった。
退去の日、松原は荷物をダンボール3箱にまとめた。衣類、工具、書類、母の写真が1枚。それだけだった。トランクルームに預けて、その日の夕方からネットカフェに入った。
個室のブースは横になれば体がぴったり収まる幅だった。夜、シャワー室に行った。温度の調節が難しかったが出ることは出た。ブースに戻って電気を消した。暗くはなかった。ブースの外から光が漏れてくる。周囲からキーボードを叩く音、ゲームの効果音、誰かの話し声が断片的に聞こえてきた。
眠れなかった。眠れないことを焦りはしなかった。ただ目が開いていた。
3週間が経った。仕事は断続的に入った。週に3日から4日。日当は平均すると9000円前後だった。月に換算すると12万円前後。母の入院費への振り込みとネットカフェの滞在費と食費を合わせると、ほぼ収支がトントンだった。貯金はできない。余裕はない。だが今月は何とか回った。
病院からの報告は続いていた。母の状態は大きな変化がないということだった。青森には行けていなかった。交通費が出せなかった。新幹線で往復すると2万円以上かかる。今の収支ではそれを出せば翌月が回らなくなる。それが松原の中で唯一、輪郭のはっきりとした罪悪感として存在していた。
ある日ネットカフェのブースで横になっていると、隣の席の人間がパソコンを使っているのが、薄い仕切りの隙間から見えた。モニターに何かの写真が映っていた。スキー場の写真だった。雪山を背景に数人が笑顔で並んでいる写真。その中の一人の顔を、松原は知っていた。
俊助だった。北海道のスキーリゾートらしい場所の写真が何枚も並んでいた。俊助と女性と子供が一人映っていた。家族3人だった。コメント欄には知らない名前が並んで、「楽しそうでいいね」「また行こう」と書いてあった。
15年前に保証人として署名した債務が、遅延損害金をつけて自分の口座を空にした。俊助は自己破産の手続きで法的な責任を逃れ、今は新しい生活を送っている。それも事実だった。
翌朝、松原は早めにネットカフェを出て、トランクルームから昔の書類を探し出した。父の遺産整理の時に使った書類の中に、俊助の住所が書いてあった。東京都内のマンションの住所だった。
午後の仕事を終えてから電車に乗った。渋谷区の住宅地にある新し目のマンションだった。エントランスの横のインターフォンの一覧に、俊助の名前があった。松原はインターフォンを押さなかった。エントランスの前に立ったまま、しばらく考えた。
押した。応答がなかった。もう一度押した。まだ応答がなかった。松原はエントランスの脇の柱のそばに立って、外に目を向けていた。11月の夜は早く暗くなった。風が出てきた。
1時間ほど経った頃、タクシーが止まった。スーツ姿の男が降りてきた。俊助だった。エントランスの手前で顔を上げて松原と目があった。1秒の間があった。その顔には、「まずい」という認識に近い表情が浮かんでいた。
俊助がエントランスに入ろうとした瞬間、松原は横から出てその腕を掴んだ。エントランスには入れさせず、外の壁際に誘導した。俊助は抵抗しようとしたが、松原の握力の方が圧倒的に強かった。
「話せ」
「母が倒れた。入院している。費用がかかる。お前が起こした件で、俺の金が全部消えた。俺は今仕事もない。それだけのことだ」
「知らない。俺は法的に変わってる。お前に関係することじゃない」
松原は少し間を置いてから言った。
「300万用意してくれ。母の費用に当てる」
俊助が目を細めた。
「何言ってるんだ」
「お前が隠している資産の話を、義父に伝えることもできる。脱税の話、表に出していない取引の話、お前が自己破産の前に動かした金の話。俺が持っている書類の話をしてもいい」
実際には松原の手元に、それを証明できる書類があるわけではなかった。断片的に知っている事実と推測があるだけだった。だがそれを俊助は知らない。
俊助の顔が動いた。数秒黙って、目が左右に動いた。
「分かった」
声が少し低くなっていた。松原は手を離した。俊助はスマートフォンを取り出して操作した。しばらくして、松原のスマートフォンが振動した。300万円の入金通知だった。
エレベーターに乗り込む直前、俊助が口を開いた。声は低く、しかし明瞭だった。
「あのばあさんを抱えて、そのまま死んでいけ」
扉が閉まった。
松原はエントランスの前に一人で立っていた。スマートフォンの画面に300万円の数字があった。夜風が吹いた。街灯の下を通るたびに自分の影が前に伸びて消えた。それが繰り返された。
母の費用が払える。それだけが今夜の松原の持っているものだった。他には何もなかった。
300万円が口座に入った翌朝、松原は病院に電話した。ソーシャルワーカーとの面談を翌週に予約し、すぐに振り込みの手続きをした。金額は150万円。当面の療養費として余裕を持たせた金額だった。残りの150万円には手をつけなかった。
翌週、松原は青森に向かった。3ヶ月以上ぶりだった。12月に入っていて、景色が北へ向かうにつれて木の葉が落ちていた。病院でソーシャルワーカーと面談し、今後の療養計画について説明を受けた。母の状態はある程度安定しているが自宅への退院は難しい。介護施設への入居を検討する段階に来ているという話だった。
母の病室に行った。千代は起きていた。目が開いていた。松原が椅子を引いて横に座ると、千代の目が動いた。松原の顔の方向を向いた。焦点が定まるまでに少し時間がかかった。
「お母さん」
小さな声だった。千代の唇が少し動いた。音にはならなかった。ただ目が松原を見ていた。松原は母の右手を両手で包んだ。薄くなった皮膚の感触があった。骨が浮き出ていた。体温はあった。
何も言わなかった。言葉を探したが見つからなかった。それでもいいと思った。ここにいるということが伝わればいい。それだけのことだった。
1時間ほどいて、帰り際に「また来る」と言った。千代の目が少し動いた。それが返事なのかどうか、松原には判断できなかった。
その翌月、松原は東京の清掃会社に登録した。日雇いの交通誘導の仕事は安定しなかった。週に2日入らない週もあった。清掃の仕事は体力的には重労働だが、需要が安定していた。深夜の商業施設や公共施設の清掃で、夜の10時から朝の6時が中心だった。日当は警備の仕事より少し低かったが、週4日から5日確実に仕事が入った。
最初の現場は新宿の地下街だった。閉店後の地下通路をモップと掃除機で清掃していく仕事だった。深夜2時の地下通路は静かだった。松原はモップを動かしながら広い通路を一人で歩いた。体が動いている間は別のことを考えなくて済む。やった分だけ床が綺麗になる。それだけのことだったが、今の松原にはその単純さが合っていた。
2月に入った頃、病院から電話があった。いつもの定時報告の時間より早かった。
「今日の朝方、容体が少し変わりまして」
声の口調が違った。松原はその口調で、何があったかをほぼ理解した。
夜明け前に容体が急変し、処置を施したが、朝の6時過ぎに千代が亡くなった。「眠ったままでした。苦しんだ様子はありませんでした」と看護師は言った。
松原は電話を持ったまま路上に立っていた。清掃の仕事が終わって施設を出た直後だった。朝の7時前で、空はまだ薄暗かった。
「分かりました」
看護師が手続きについて説明を続けた。松原はメモを取った。電話が終わって、スマートフォンをポケットに入れた。路上に立ったまま空を見上げた。低い雲がかかっていた。どこかで鳥が一度だけ鳴いて、やんだ。
松原は動かなかった。1分か2分か、その場に立っていた。それから歩き始めた。駅に向かった。
青森には翌日の朝に着いた。霊安室で千代の顔を見た。目が閉じていた。顔は穏やかだった。ただ体温がなかった。松原はしばらく椅子に座って母の顔を見ていた。声が出なかった。泣くという感覚もなかった。
手続きを全て自分で行った。死亡診断書の受け取り、市役所への届け出、火葬の手配。葬儀社に連絡したが、家族葬の最低限のプランにした。費用を最小限に抑えた。参列者がないという理由もあった。俊助には連絡しなかった。連絡する理由が見つからなかった。
火葬の日、松原は一人だった。担当者が丁寧に段取りを説明してくれた。棺の前に立った。千代の顔が見えていた。何かを言おうとしたが、言葉が来なかった。代わりに右手を伸ばして、頬に触れた。冷たかった。それでも触れた。何秒かそのままにした。それで十分だった。
帰りの新幹線は夕方の便だった。松原は骨つぼを膝の上に置いて座っていた。軽かった。人間一人がこんなに軽くなる。それが事実だった。
東京に着いて、ネットカフェに戻った。ブースの棚の上に骨つぼを置いた。置く場所がそこしかなかった。
翌週、松原は実家の整理のために再び青森に行った。母が一人で住んでいた家は古い木造の平屋だった。鍵を開けて入ると、生活の匂いがした。台所に使いかけの調味料が並んでいた。冷蔵庫の中に賞味期限の切れた豆腐が一丁入っていた。松原は一つ一つ確認しながら、処分するものと残すものを分けた。
押入れの奥に古いダンボール箱があった。写真や書類が入っていた。松原の子供の頃の写真が何枚かあった。俊助が小さい頃の写真もあった。箱の一番下に、古い木の小箱があった。蓋を開けると、手紙や書類が数枚と小さなノートが入っていた。
ノートは表紙が擦り切れていた。開くと、母の字だった。細く震えた字だった。最初の数ページは日付と短い記録だった。「病院に行った」「天気」そして「松原から電話があった」。日付から見て、ここ数年のものだった。
途中から文章が長くなっていた。松原はページをめくりながら読んだ。俊助のことが書いてあった。
「あの子のやったことは分かっていた。博典に迷惑をかけたこと、申し訳ないと思っていた。しかし直接言えなかった。俊助も自分の子供だった。どちらかを責めることができなかった」
次のページに、自分のことが書いてあった。
「博典は昔から一人でいることを選んでいた。それが自由だと思っていたのか、それとも他に理由があったのかは分からない。ただお母さんには見えていた。博典が一人を選んだのは、この家の重さを背負うためだったんじゃないか。お父さんのこと、俊助のこと、お金のこと。博典はいつも一人でそれを引き受けていた。誰にも言わず、助けを求めず、ただ黙って続けていた」
松原はノートを持ったまま、しばらく動かなかった。
続きを読んだ。
「博典。お前は幸せだったか。お母さんには答えが分からない。お前が笑うところを最後にいつ見たか、思い出せない。でもお前が毎回電話をくれたこと、青森まで来てくれたこと、それだけで十分だった。十分すぎるくらいだった」
最後の下りに、短い一文があった。
「誰かと一緒にご飯を食べなさい。それだけでいいから」
松原はノートを閉じた。押入れの前に座ったまま、しばらくそのままでいた。古い家の中は静かだった。外を車が一台通り過ぎる音がして、また静かになった。
松原の目が熱くなった。こらえようとした。こらえようとして、できなかった。声が出た。自分でも聞いたことのない種類の音だった。押し込んでいたものが、形を変えて出てきた。止めることができなかった。
しばらくの間、松原は古い家の押入れの前で膝を抱えて声を出した。誰も聞いていなかった。外には誰もいなかった。それでも構わなかった。
それが終わった時、部屋の中は変わっていなかった。古い家の匂いがした。松原は袖で顔を拭いた。ノートをダンボール箱の中の残すものの方に入れた。
東京に戻った。1月が過ぎた。松原の生活は変わらなかった。深夜の清掃の仕事を週4日こなした。朝に帰ってネットカフェで数時間眠った。昼間に起きて食事をして、求人を確認した。部屋の審査はまだ通らなかった。保証人がいないことと定職がないことが引っかかり続けた。
3月になった。ある日の夕方、仕事に向かう前に公園のベンチで食事を取ることにした。コンビニで買った弁当は冷たかったが、そのまま食べた。平日の夕方で、公園に子供の姿はほとんどなかった。
その時、足元に何かが転がってきた。プラスチックの赤いボールだった。表面が少し擦り切れていた。松原が顔を上げると、公園の入り口から子供が走ってきた。見覚えのある走り方だった。腕を大きく振って、少し前のめりになる走り方。
レン君だった。大きくなっていた。半年ほどで子供というのはこれほど変わるものかと松原は思った。顔の輪郭が少し変わっていた。それでもあの目は同じだった。
レン君は松原の前まで来て止まった。ボールを見て、松原の顔を見た。一呼吸の間があった。
「あ」
「ああ」
レン君は松原の顔をしばらく見ていた。それから後ろを振り返った。公園の入り口に、織田桐数也が立っていた。宅配の仕事をしているのか、少し薄汚れた作業着を着ていた。顔に疲れがあった。松原を見つけて目を細めた。驚いているのか確認しているのか、そのどちらでもあるような顔だった。
織田桐がゆっくり歩いてきた。
「松原さん」
「ああ」
二人は少しの間、互いの顔を見ていた。何ヶ月ぶりかの再会だった。その間に何があったか、どちらも相手に詳しくは言わなかった。言わなくても顔を見れば大体のことは分かった。
「少し、いいですか」
織田桐が座った。レン君は砂場でボール遊びを始めた。しばらく二人で黙っていた。風が木の枝を揺らした。
「今、宅配の仕事を通しています。前の店は完全に畳みました。レンの学校もこっちの方に転校させて。色々ありましたが、何とかやっています」
「松原さんは」
「清掃の仕事を通している。夜中の」
織田桐が頷いた。何も言わなかった。
レン君が砂場からこちらを見て、何か考えるような顔をして、松原のそばに来た。ポケットの中を探って、何かを取り出した。折り紙で折ったつるだった。小さかった。折り目が不揃いで、首の角度が少し歪んでいた。丁寧に折ろうとした跡はあるが、まだ上手ではなかった。
レン君は松原に差し出した。松原はそれを受け取った。
「なんで持ってたんだ」
「ポケットに入ってた」
それだけだった。織田桐が補足するように言った。
「最近折り紙にはまってて」
松原はつるを手の中に持って見た。小さかった。歪んでいた。翼の左右の長さが違った。それでもつるの形をしていた。温もりが残っていた。
三人はしばらくそのままでいた。レン君は砂場に戻ったり、ボールを蹴ったりしていた。織田桐は時々スマートフォンを見たが、特に操作するわけでもなかった。松原は弁当の続きを食べた。空が暗くなり始めた。
「そろそろ行きます」
織田桐が立ち上がった。レン君を呼んだ。レン君が走ってきた。
「またね」
松原は「ああ」と言った。
二人が公園を出ていくのを、松原は見ていた。織田桐の背中と、その隣を歩くレン君。信号で止まり、青になって渡った。曲がり角を曲がって、見えなくなった。
公園には松原一人が残った。手の中に、歪んだ折りづるがあった。翼の左右の長さが違う。首が少し傾いている。折り目の一箇所が浮いている。どこから見ても完璧ではなかった。
松原は弁当を食べ終えた。蓋を閉めてゴミ箱に捨てた。折りづるはポケットに入れた。公園を出て、仕事に向かった。
夜の街を歩きながら、松原は何かを考えているわけではなかった。ただ歩いていた。足元を見ながら、時々顔を上げて信号を確認した。ポケットの中に小さな折りづるがあった。
それだけのことだった。それだけのことが、今夜の松原にとって今持っているものの全てだった。



