「あなたの名前のチケットはないわよ。成田空港の国際線ターミナルで、この冷たい言葉が聞こえたのは、朝の五時を過ぎた頃でした。私は水野彩子。六十三歳です。タクシーで二時間かけてここまで来ました。
三か月前から楽しみにしていた家族旅行。退職金から四百万円も出した、初めてのハワイ旅行です。でも息子の敬語は、困ったような顔で言いました。
「ごめん母さん。忘れてたんだ。チケットは四人分しか取ってなくて」
その四人分というのが、敬語夫婦と、嫁のこみの両親の分でした。私は呆然と立ち尽くすしかありませんでした。
「あら、彩子さん、お見送りに来てくださったの?」
義母の言葉に、周囲の旅行客の視線が突き刺さります。哀れな老女を見るような目でした。
「見送りじゃありません。私も一緒に行くはずだったんです」
「母さんは高齢だし、海外旅行は無理でしょう。英語もできないしね」
敬語の言葉に、私は息をのみました。確かに六十三歳ですが、看護師として現役で働いています。
「正直に言うと、お母さんと一緒だと恥ずかしいのよ。だって、ただの看護師でしょう」
こみが誇らしげに言うのです。私の両親は、元大学教授と医者。そんな人たちの前で、ただの看護師の母親をどう紹介すればいいのか、と。
その瞬間、私は思い出していました。四十年間、看護師として身を削って働いてきたこと。息子を医者に育て上げたこと。結婚式の費用も、新居の頭金も、全部私が出しました。それなのに、私は「ただの看護師」で、「外の人」だと。
「お母さんは、もう外の人なんだから」
こみの言葉が、私の心臓を貫きました。家族ではない、他人だという宣告です。四百万円も出させておいて、この言い草。
「お母さんが勝手に出したいって言ったんでしょう」
呆然と見送るしかなかった私の隣で、一人の若い女性が声をかけてきました。
「さっきの奥さんのスマホ画面、私からも見えちゃって……。ひどい内容でした」
彼女が見たというのは、こみと敬語のLINEのやり取りでした。
「お母さんからお金だけもらって、当日キャンセルさせましょう」
「お母さんは気づかないよ。四百万円ゲットできて最高」
「旦那さんのことは使用人だって紹介しておいたから。看護師なんて誰でもできる職よね」
私は愕然としました。そして、彼女が撮ってくれた動画を見て、確信しました。これは、最初から計画されていたのです。私の存在は、ただの金づる。いや、それ以下としてしか見られていませんでした。
「お母さんの退職金、まだ二千万円は残ってるはずよ。次は同郷理由に全額巻き上げましょう」
「認知症になったら施設に放り込めばいいし、その前に生命保険の受け取り人も変更させないとね」
私の心は、怒りと悲しみで凍りつきました。でも、同時に何かがスッと腑に落ちました。この四十年間の辛苦は、何だったのか。
空港のカフェに移動した私は、冷静さを取り戻していました。熱いコーヒーを一口飲み、スマートフォンを取り出します。まず、銀行のアプリを開き、息子の家の住宅ローンの連帯保証人を解約しました。毎月十五万円、私が保証人になっているからこそ組めたローンです。次に、クレジットカードの家族カードを解約。限度額一千万円、これも私が本会員だからこそ存在したものです。
そして、病院の理事長に電話をかけました。
「息子の会社との取引ですが、他の業者への切り替えをご検討ください」
年間三億円の取引は、私の推薦で成立していたものです。さらに、敬語の会社への出資金五百万円も引き上げました。
ハワイから帰ってきた息子夫婦が、慌てて私の家にやってきました。
「母さん、カード解約しただろ!」
「私たちのカードを、私たちが解約して、何か問題でも?」
映画のような台詞だと思いましたが、私は言いました。
「あなたたちが言ったんでしょう。お母さんは外の人ですって」
四百万円を騙し取られたことを告げ、私ははっきりと言いました。
「もう二度と、私の前に現れないで」
あれから半年後、私は都心の高級マンションで暮らしています。病院の特別顧問として、週三日の勤務、年収八百万円。かつて「ただの看護師」と嘲った息子夫婦とは、まったく違う人生です。
人生は皮肉なものです。家族のために全てを捧げた時は報われず、自分のために生きることを選んだら、こんなにも幸せになれました。
私は六十三歳で、やっと自由になりました。」



