「おい、なんでお前がここにいるんだよ」
その声を聞いた瞬間、全身の血が凍るようだった。4年前に突然私の前から消えた元旦那・たけしが、息子の保育園にいた。彼もまた自分の子供をこの保育園に預けているらしい。
「こっちだって嫌々連絡してるんだぜ。お前がガキと保育園に来てるところを見かけたんだよ」
私は4年前、彼に捨てられた。いきなり離婚届を突きつけて、家から消えたのだ。その傷は今も癒えていない。なのに彼は平然とした顔で、とんでもないことを言い放った。
「誰かと思ったら、俺に捨てられた不妊女かよ。笑っちゃうぜ」
あまりの侮辱に怒りが込み上げる。しかし彼の視線がふと、息子の方へ向いた。
「あのガキは俺の子か?まさか妊娠してたとはな。てっきりお前は子宮がない出来損ないだと思ってたぜ」
「バカ言わないで。あの子は私と今の夫の子供よ」
「でも俺に似てたぜ。もし俺の子供だったとしても認知はしねえからな」
「気持ち悪いことを言わないで」
彼は再婚していて、子供がいる。それも別の女性との間の子だ。だが彼は私が新しい人生を歩んでいることが許せないらしかった。
「この保育園には俺の方が先に通わせてたんだ。後から来るなんて許されるわけないだろう」
「何よ、その意味不明な理論は。別に顔を合わせなければ問題ないでしょ」
「俺が気持ち悪いんだよ。お前が近くにいるだけで不快なんだ」
私は夫のカイに電話をした。彼はすぐに状況を理解してくれた。
「そんなの聞く必要ないよ。気まずいのはこっちだって一緒だし。顔を合わせるのが嫌なら俺が送り迎えに行ってもいい」
本当に頼りになる夫だ。私は彼に感謝しつつ、この件は二人で話し合って解決するつもりだった。しかし、事態は想像以上に複雑になっていく。
一週間後、保育園の前に見知らぬ女性が現れた。彼女は名乗った。
「たけしの妻です。さち子と申します」
彼女は私に詰め寄った。
「夫があなたに忠告したのを忘れましたか?早くうちの保育園から出て行ってくださいよ」
「別にあなたの保育園じゃないです。私の息子だって通う資格があるはずです」
「夫がすごく困ってましたよ。元嫁に突きまとわれて困ってるってね。捨てられたというのに、まさか保育園を一緒にしてまで会おうとしてくるなんて」
何を言っているんだ。私は偶然を装って彼に近づいたわけじゃない。しかし彼女は怒りを収めようとしない。そして、とんでもない真実を告げてきた。
「そりゃ不倫をしていたのは悪いと思ってますよ。でも私たちは愛し合っていたんです。そして子供を授かったんですよ。だから一緒になりました」
「不倫?どういうこと?」
「あれ?もしかしてこのことは聞いてなかったんですか?」
私は理解できなかった。彼女が言うには、たけしと彼女は私と離婚する前から関係を持っていたらしい。そう、4年前から。私はただ離婚を突きつけられただけだと思っていたのに、実際は裏切られていたのだ。
「たけしは私のことをずっと裏切っていたのね」
「それもこれも、あんたが子供を産まないから悪いんでしょう。たけしはずっと子供が欲しくてたまらなかったのよ。なのにあんたは全然妊娠しないから、ずっと不満があったの。あんたと違って、私とたけしの間にはすぐに子供ができた。あんたと違うのは、きっと愛情があったからよ」
頭がクラクラする。しかし私は彼女の言葉に違和感を覚えていた。そう、たけしに子供ができるはずがないのだ。
私はたけしに直接会いに行き、問い詰めた。
「哲夫君ってあなたの息子なの?連れ子じゃないの?」
「そんなわけあるか。あいつは俺とさち子の間にできた最愛の息子だよ」
「いや、あんた種なしじゃん。それなのに子供なんてできるわけないから」
たけしは一瞬固まった。
「何を言ってるんだよ。俺が種なしだって?」
「そうよ。私が検査をしようって言ったこと覚えてる?その時にお互いに検査して、あなたの結果は私が代理で受け取ったでしょ。その時にあなたが不育症であることを伝えられたの」
「嘘だ。そんなわけがない」
「信じられないかもしれないけど、これは全部事実よ。疑わしいと思うなら検査してみて。私の言った通りの結果が出るから」
たけしの顔色が変わった。そして怒りをあらわにした。
「じゃあ、哲夫はどういうことなんだ?」
「それは私が答えるべきことじゃないわ。さち子さんと話し合いをしたらいいと思う」
その後、さち子とたけしの夫婦関係は崩壊した。さち子は妊娠した男が金も持っていない顔だけのやつだったと白状した。たけしの子供だと偽って結婚したのだ。
事態は泥沼になっていった。たけしは私に詰め寄ってきた。
「なんで黙ってたんだよ。俺に子供ができないって知ってたんだろ」
「あんたにその話をする必要はないわ。それより、私からあなたに慰謝料を請求しておくから。あんたの不倫が原因で私たちは離婚することになったんだから」
「4年前の話だろうが関係ない。私はつい最近知ったんだから」
たけしは慰謝料を払えと夫に迫ってきた。しかし夫は堂々と反論した。
「私たちは不倫していません。私たちは元々学生時代の友人で、4年前の同窓会で再会したんです。それまでの間、会ったことすらありませんでした」
「嘘をつけ。俺を騙そうとしてるんだろ」
「疑うなら探偵でも何でも使って調べてください。私たちには後ろめたいことなど何一つありませんから」
そして夫は言った。
「でも、哲夫君のことも、できれば自分の子供だと思って愛したいと思います」
それを聞いたたけしは激怒した。
「そんなことお前に言われる筋合いはない。俺にとって哲夫はもうどうでもいい存在だ。あいつは他人の子供だ」
たけしは検査を受けることを拒否し、ますます精神的に不安定になっていった。保育園の前で待ち伏せされるようになった。
「お前、俺のことを避けてるだろ。ゆとは俺の息子だろう。本当の父親が誰かを教えてやる」
「やめなさい。ゆとには近づかせないから」
「そうやって俺から子供を奪うのか。お前が悪いんだからな」
私は夫と相談し、決断を下した。保育園を変え、引っ越しをすることにした。私は会社の上司に事情を説明し、在宅勤務に切り替えてもらった。
たけしはその後、ますます常軌を逸していった。仕事にも行かず、公園や幼稚園を回っては「自分の子供」を探しているらしい。もちろん子供は存在しないので、どこでも不審者扱いされ、多くの施設への出入りを禁止されているそうだ。
さち子はたけしに捨てられ、哲夫君と二人で暮らすことになった。しかし私への慰謝料を支払う必要があり、経済的に苦しい生活を送っているらしい。飲み屋で知り合った男と一緒に暮らし始めたが、その男はさち子の金や貴金属を持ち逃げして消えてしまったという。本当に哲夫君だけは幸せになってほしいと思う。
一方、私は無事に新しい住まいと保育園を見つけた。今回の騒動で、夫の頼りなさに改めて感謝した。これからも夫と力を合わせて、息子を幸せにしていきたい。



