「来週から1週間旅行で家を空けるから。」
夫が何気なくそう言った。私は一瞬、耳を疑った。
「え、1週間も?陽太も連れて行くの?まだ小さいし、いきなり長期の旅行は…」
「旅行は旅行だけど、お前らは行かねえよ。」
「え、じゃあ誰と行くの?」
「そんなの愛人に決まってるだろう。1週間ほど温泉旅行に行ってくるわ。」
信じられなかった。隠す気すらなくなったのか。
「今更隠す必要もないだろう。お前、薄々気づいてたみたいだし。」
「…その人と、いつから?」
「3ヶ月くらい前からだよ。」
3ヶ月。もしかして、陽太の運動会に来なかった時も?
「ああ、あの日も会ってたわ。」
「あれ、仕事だって言ってたよね。」
「嘘ついて悪かったな。もう隠さないから。」
「そういう意味じゃないわよ。よく堂々と言えるね、それ。」
「だってお前にはもう興味ないし。」
「じゃあ、なんで結婚生活続けてるの?」
「俺と離婚したら生活できないだろう。お前、パートの稼ぎしかないし。それはさすがに俺も、子供いる女を捨てるほどやばい男じゃないからな。」
浮気してる時点で十分やばいのに。
「けど、捨てられないだけマシだろ。だから黙って受け入れろって話だよ。」
「受け入れろって…それは違うでしょ。」
「違わないね。子供産んでお前も劣化したし。」
「そんな言い方、ひどすぎる。」
「事実だろ。文句あるなら出ていけよ。」
「陽太がいるのに、出ていけるわけないでしょ。」
「だったら我慢してろよ。1週間くらい大したことないだろ。」
「分かったよ。でも、陽太には何も言わないでほしい。」
「お前が言わなければいいだけだろう。」
「そんな簡単な話じゃないでしょ。」
「じゃあ、お前がうまくごまかせよ。そういうの得意だろ。」
「我慢するの。そうさせたのは誰なのよ。」
「さあな。知らねえよ、そんなこと。」
旅行当日。夫は玄関で靴を履きながら言った。
「そろそろ出るから、陽太のことは頼むぞ。あ、でも生活費は今月分ちょっと減らすから。旅行に使うから悪いけど。」
「旅行までこっちのお金から出すの?さすがにそれはおかしくない?」
「当然だろ。家計は俺が管理してるんだから。お前は黙って受け取る側じゃん。文句言うなよ。俺と離婚したら生活できないし。これくらい許せよ。あと、陽太にはいいように言っとけ。」
「いいようにって、なんて言うのよ。」
「パパは仕事で出張だって説明しとけばいいだろう。夫婦仲が悪い方が子供に悪影響なんだし。お前さえニコニコしてれば悪く収まるんだ。母親なんだし、陽太のためにそれくらいできるだろう。」
「あなたに、親としての口出しをされたくないわ。」
「けど実際俺はまだ親なんだから、口出す権利はあるだろ。嫌なら離婚するんだな。」
「本当にお前は手間かけさせるよな。」
「そっちが手間かけてるんだけど。」
「は?何か言ったか?」
「何も。」
「それじゃあ、本当に行くわ。」
「行ってらっしゃい。陽太は任せた。」
夫が出て行った。私はスマホを手に取り、親友のアイに電話をかけた。
「あいつが旅行に行ったわ。もう隠すこともしないみたいだから、こっちも覚悟を決めたわ。」
「お、ついに。」
「うん、もう無理。まだ隠してるなら話し合いの余地もあった。でも、あいつは隠す気もなくなって、私たちのことを見下してきた。陽太の運動会まで休んで愛人と会ってたのに、平気な顔して開き直るし。生活費まで取り上げて。よくもここまで人を傷つけられるなと思ったわ。」
「浮気するようなクズはどこまでもクズだしね。」
「それだけじゃない。ずっと前からちょっとずつそうだった。陽太が熱を出した夜も、ゲームしながら知らん顔だったし。保育園の準備も全部私任せで、ありがとうの一言もなかった。」
「ああ、その辺りの愚痴はよく聞いてたね。」
「うん。正直、この辺りは私もよくある夫婦の愚痴で、どこも同じものだって思い込もうとしてたの。まわりに話しても、どこも同じようなものだったし。」
「まあ確かによく聞く話だから、我慢しちゃうよね。」
「でも、もう無理。全部育児を丸投げしてるくせに、自分だけ浮気して遊びに行って。私には離婚したら生活できないだろって脅す。そんなのも全部終わりにする。」
「今までよく我慢してたよね。トータル半年だっけ?」
「そうね。最初に浮気を知ったのは半年前。あの時はすごい怒り狂ってたもんね。」
「そりゃ、旦那の口座に知らない女への送金記録を見つけたら、誰だってそうなるでしょ。」
「それはそう。あの時止めるの大変だったわ。アイに、まだ証拠が足りないから我慢しろって言われて耐えたけど、今ようやく動けるわ。」
「あの時はホテルの予約メールくらいしか証拠を持ってなかったじゃん。それだけじゃ慰謝料請求も弱いし。せっかくやるならとことんやらないと。それに、すぐに離婚も厳しかったでしょ。」
「そうね。今の収入だと1人でやっていけなかったもの。だから資格を取って就職活動して、証拠もこっちで固めてきた。その我慢がようやく身を結ぶわ。」
「よく頑張ったよ。マジですごいと思う。」
「アイは証拠集めする仕事じゃん。たまに証拠を渡したらその場でぶち切れて暴れる人もいるんでしょ?」
「気持ちはすごくわかるわ。私だって暴れたいもの。ずっと耐えてきたんだから、そろそろ報われてもいいわよね。」
「だから、絶対に後悔させる。」
「オッケー。任せて。浮気旅行なんて証拠取り放題だし、めっちゃくちゃたくさん証拠集めてくるわ。」
「ありがとう。そっちも準備忙しいでしょ。」
「こっちはこっちでやるから、そっちは頑張りな。」
「うん。正直、アイがいてくれて心強いよ。」
「正直私もずっとむかついてたから。あんたが我慢してる間、隣で見てるの本当に悔しかったしさ。慰謝料も養育費も、今まで我慢していた分も含めてきっちり取り返してやろう。」
「で、具体的に何から動く?」
「こっちはもう探偵を張り付けてるよ。今、新幹線に乗って温泉に向かってるってさ。」
「まず、離婚届を今日提出するつもり。」
「あれ?もう書いてあるの?」
「昔大喧嘩した時に、脅しで書かされたの。」
「ああ、なるほど。でも、ただ離婚届を出しましたって言っても、私の怒りが収まらないのよね。だから、一番効果的な方法であいつに先制不告するわ。」
「おお、やってやりな。地獄見せてやろう。」
翌日。夫からLINEが来た。
「いやあ、マジ温泉最高だわ。高級旅館で飯も部屋も最高だし。さおりもすごく喜んでるよ。」
「へえ。愛人の名前はさおりさんっていうのね。」
「あれ、伝えてなかったっけ?言ったつもりになってたわ。悪い悪い。」
「謝るとこそこなわけ。」
「ところでお前の方は何してんの?」
「普通に陽太の世話してるだけよ。」
「ちゃんと育児してんじゃん。お前にはそれくらいがちょうどいいな。」
「どういう意味よ。」
「いや、ほら、お前の母親も結局そうだったなって。父親が浮気しても、お金がないから別れられなかったんだろ。お前も同じだよな。血は争えないってやつだよ。」
「そうかもね。」
「やっぱりな。安心したわ。お前も母親と同じ選択をするだけだろ。だから今くらい多めに見ろよな。分かったら返事しろよ。」
「うん。」
同日夜。私はアイに電話した。
「ちょっと聞いて。」
「お、今日もまたすごい爆発ね。どうしたの?なんか言われた?」
「さっき、陽太に母さんの話をされたの。」
「お母さんの?ああ、もしかして、お金があれば別れてたって話?」
「うん。それを引き合いに出されて、血は争えないとか言われた。」
「うわ、何それ?めちゃくちゃむかつく。てか、結局離婚してなかったっけ?」
「うん。熟年離婚で、去年やっと離婚したよ。捨てられたお父さんは、家事もできないから荒れた生活してる。」
「あんたの旦那も同じことになるね。けど正直、地味に聞いたよ。あんたの母親とあんたは違うでしょ。あんたは自分で動いてるじゃない。」
「うん。分かってる。でも、一瞬本当にそうなのかなって思っちゃったの。」
「それも当然だよ。ずっと言われてきたんだから。」
「だから今、私は自分の力で動いてる。あの人の言葉に振り回されない。」
「そうだね。その通りだよ。証拠の方はどう?」
「こっちも順調。旅館の予約記録もLINEのやり取りもばっちり抑えてる。」
「ありがとう。本当頼りになるわ。」
「あんたが動く準備がもうほとんど整ってるわね。あとは戻ってくるのを待つだけ。」
「うん。待ちきれないわ。」
同時刻。アイから明るい声が届いた。
「あ、いい知らせがある。」
「何?どうしたの?」
「前に面接受けてた会社、正社員で採用だって。」
「本当に?」
「うん。来週から働けるよ。ちょうどこのタイミングで。向こうも事情を分かってくれてるみたい。」
「よかった。本当に良かった。これで、パートだから生活できないとか、あいつの理屈が完全に終わったね。」
「うん。やっぱり私の人生は私のものだった。誰にも依存しなくていいんだね。」
「そうだよ。もう誰の許可もいらない。給料もちゃんと出るし、保険も完備だって。」
「ようやく努力が報われたじゃん。ずっと隠れて勉強してきたから。これで完全に1人立ちできる。ありがとう、アイ。」
「あんたが頑張ったんだよ。私じゃないって。」
旅行4日目。夫からまたLINEが来た。
「ああ、聞いてるか。今日も最高に楽しかったわ。」
「良かったね。」
「あ、そうだ。言っとくけど。さおりと来年も旅行の約束したわ。」
「来年も。」
「そうそう。お前にはもう興味ないし。正直この1週間で確信した。俺、もうお前とは無理だわ。」
「そうなんだ。」
「驚かないんだな。」
「驚くようなことでもないし。」
「ま、お前はこれからは必要最低限って感じだな。金はやるし、これからも家には住ませてやる。お前は陽太の世話と家事だけしてりゃいいから。それが1番向いてるだろ。」
「うん。」
「じゃ、そういうことで俺は楽しんでくるから。」
同時刻。夫は愛人に言っていた。
「たか、来年もまた来ようね。」
「もちろん。お前とならどこでもいいよ。それより、本当に奥さんとはもう終わりなの?」
「あんなのもう興味ないって言ったろ。」
「私のことちゃんと考えてくれてる?」
「当たり前だろ。お前が本命なんだから。」
「早く一緒に暮らしたいな。」
「俺もそう思ってるよ。奥さんと別れたら、籍も入れてくれるよね。」
「もちろん。お前が正式の相手になるんだから。ただ、ほら、いきなり離婚ってなると親戚とかうるさいからさ。家庭内が冷え込んでる期間を作って、自然消滅みたいな感じにしたいんだ。お前だってすぐに結婚は難しいだろ。」
「私の事情まで組んでくれて嬉しい。楽しみにしてるね。」
「俺も楽しみだよ。」
帰宅前日。夫からLINEが来た。
「明日は帰るから、1週間ちゃんとできてたか。家のことも、陽太のことも。」
「うん。」
「大丈夫だよな。お前にはそれしかできないんだから。これからもその調子でいいぞ。」
「分かった。」
「あ、そうだ。明日の夜は何か作っておいてくれよ。旅行の疲れもあるから。それに家の中もちゃんとしてあるんだろうな。1週間も好きにさせてたんだから。ゴミとか落ちてたら容赦しねえぞ。」
「大丈夫。すごく綺麗にしてあるわ。本当に、何も落ちてないくらいに。」
「へえ。やるじゃん。ま、頑張ってるみたいだし、帰ったらうまい店にも連れてってやるよ。」
翌日。夫が帰宅した。玄関を開けると、家の中はがらんとしていた。
「おい、これどういうことだよ。家の中、何もないじゃねえか。家具も陽太の荷物も全部ない。何がどうなってるんだ?」
「何もないってことはないでしょ。テーブルの上、見てないの?」
「見てるけど…テーブルの上にある。これ、なんだよ。離婚届のコピー?受理済みって書いてあるんだけど。養育費の請求書?証拠の写真?弁護士の名刺まで?ちょっと待て、これ全部何なんだよ。マジで。」
「見て分からない?これでお別れだから、色々準備してたのよ。」
「離婚届なんて書いてないだろ!」
「1年前、あなたが自分で署名した離婚届を提出してきたのよ。旅行を楽しんでいたみたいだけど、おかげで浮気の証拠も全部揃って。詳しいことは弁護士から連絡が行くから。私への連絡はもういらない。」
「ふざけるな!こんなことして。ちょっと待てよ、せめて話し合おう。お前だって離婚したら経済的に困るだろ。落ち着け!」
数時間後。アイが夫の前に現れた。
「こんにちは。突然すみません。この数時間、ものすごい勢いでLINEを飛ばしてるみたいなんですけど、さすがに迷惑なのでやめた方がいいですよ。」
「お前、誰だよ。」
「初めまして。水希さんの友人の黒崎アイです。水希さんは今、夕飯の支度で忙しいので、私が窓口を任されました。」
「は?なんで友達が出てくるんだよ。」
「今回の証拠集めは私が担当していたので、窓口も私が務めることになったというわけです。」
「水希と直接話させろよ!」
「水希さんは忙しいですし、今後のご連絡は私当てにお願いします。法的な話なら弁護士にどうぞ。」
「くそ、納得いかねえけど…分かったよ。とにかく、離婚は無効なんだと言いますと。あれは脅しのつもりで、まさか使うなんて思ってなかったんだよ。」
「脅しのつもりで署名されたんですよね。それを水希さんがどう使うのも自由では?」
「あ、でも、慰謝料とかさすがにちょっと多すぎだろ。」
「慰謝料は200万なので、確かに相場より高いですよね。」
「なんでそんなに高いんだよ!」
「そりゃ、証拠が山ほどあるからです。隠しもしないで堂々と浮気なんて、証拠写真を撮ってくださいって言ってるようなものです。ホテルの予約記録、お見せしましょうか?もちろん今回の旅行分だけじゃないですよ。さおりさんとのLINEも全部揃ってますし。」
「うっ…」
「それは、慰謝料が高いのは水希さんが受けた精神的苦痛がそれだけ大きいってことです。養育費と合わせて相応の金額では?」
「払えるわけないだろ!こんな額!」
「払えないなら、裁判所がどうするか判断します。」
「ま、待ってくれ。水希と話したいんだ。頼むよ。」
「少なくとも今は話したくないそうですよ。陽太君のお世話で忙しいみたいですし。」
「うっ…そうだ!陽太に合わせろよ!父親だぞ!」
「陽太君は現在、ご実家で預かってもらっているそうです。陽太君もあなたを怖がっているそうで、今は合わせる予定はありません。落ち着いたらご連絡しますとのことですよ。」
「くそ…なんでこうなったんだよ。」
「全部、あなたが選んだ結果では?」
数日後。夫から電話が来た。
「おい、洗濯機の使い方は教えろよ。洗剤入れすぎて泡だらけになったんだよ。」
「そういう話、私にしてどうするの?」
「頼む。マジで困ってるんだよ。」
「家事のことなんて、一切興味なかったでしょ。」
「今は違う。教えてくれよ。」
「結婚してから、家のことは全部私に丸投げしてきたよね。それは何年もそうしてきたくせに、困った時だけすがるの、おかしくない?」
「頼む。せめてやり方だけ教えてくれ。」
「自分で調べなさい。」
「飯も作れねえし、掃除もできねえ。こんな生活もう無理だ。」
「それ、私がずっと感じてたことだよ。ようやく少し分かったみたいね。けど、そんな状況なら、浮気相手と一緒に住めばいいじゃない。」
「それは、あいつにも事情があるんだよ。」
「え、そう。でもその事情、私には関係ないから。」
数週間後。夫がまた電話をかけてきた。
「おい、どういうことだよ。なんで離婚したことが会社にまで知られてるんだよ。お前が言ったのか?」
「別に、あなたの会社に何か言ったりしてないわよ。けど、あなた話し合いで慰謝料の支払いが確定したのに、絶対払わないって聞かなかったじゃない。だから、給料からの天引き手続きに入ったの。もちろん、そうなれば会社にはバレるでしょうね。」
「ふざけんな!会社人生終わったじゃねえか!せっかく昇進できそうだったのに!」
「あなたが自分のしたことを反省して、慰謝料と養育費を払えば、こんなことにはならなかったわ。もうあなたの意見はどうでもいいけど、お金は払ってもらうから。」
「待てよ!それは困るって!」
「もう手続きは始まってるわ。誠意を見せてくれたら、上乗せの余地はあったかもしれないのにね。まあ、終わるのが会社人生だと思ってるところが甘いのよ。」
同時刻。夫は愛人のさおりにLINEを送っていた。
「おい、ちょっと聞いてくれよ。やばいって。あいつなんか弁護士とか色々言い始めてて、マジでわけわかんねえんだよ。おい、既読してるだろ。返信しろよ。」
数日後。さおりから返信が来た。
「うるさいわね。こっちはそれどころじゃないのよ。離婚協議中だったのに、浮気がバレて慰謝料請求されてるの。」
「それ、自分で巻いた種じゃないか。お前、離婚協議中だけど証拠もないから大丈夫って言ってただろ。」
「それがなんか向こうが強気なのよ。あんた、なんか証拠を取られるヘマしたんじゃないの?」
「は?なんだよそれ。俺が悪いって?お前も俺の味方じゃないのかよ。」
「うるさいわね。とにかく、そっちはそっちでなんとかしてよ。」
数日後。さおりからまたLINEが来た。
「ちょっとやばいんだけど。なんか会社で変な噂流れてる。」
「俺だって噂になってやばいんだよ。既婚者と付き合ってるって、取引先の人まで話してて仕事うまくいかない。あんたのせいでしょ、これ。」
「俺だって大変なんだよ。か、自分のことは自分でやれよ。」
「は?あんたが私に言い寄って、こうなったんでしょ。」
「言い寄ってきたのはお前だろ。家のことはするから養って、って言ってたの。」
「どこの誰よ。私のせいだって言いたいの?離婚協議中も、向こうは証拠なくてうまくいってたのに。なんでこんなことになるのよ。」
数日後。さおりからまたLINEが来た。
「おい、なんだよこれ。お前の旦那からも慰謝料請求されてんだけど。」
「誰かが夫に証拠を渡したみたいで、調停が完全に不利になったの。慰謝料も多めに取られるかもしれないし。それで、あんたのとこにも連絡行ったのかも。」
「た、たか、どうしよう。マジでやばいのよ。私、貯金なんてないし。」
「俺に言われても困るんだけど。」
「あなたのせいでこうなったのに!」
「知らねえよ。もうめんどくせえ。」
「最低!信じてたのに!」
数日後。アイと私は笑い合っていた。
「なんか、向こうは結構揉めてるみたいね。」
「そうみたい。あんなにしつこかったLINEも来なくなったわ。ま、浮気相手の旦那にも証拠を送ったし。」
「それでダブル慰謝料食らったんでしょ。」
「でしょうね。バカよね。本当、既婚者同士なんだから、それぞれの配偶者からそれぞれ請求されるのなんて分かってることなのに。浮気してると頭が花畑になるしね。」
「片方は家事もろくにできない。出世の道も途えた。片方は貯金なしで職場での立場も悪くなった。この先、2人で支え合って生きていくなんて、無理だろうね。」
数週間後。夫が家に来た。
「なあ、頼むよ。俺たちやり直そう。俺、変わるから。」
「あのさ、どの口がそれ言ってるわけ?」
「それはその…」
「育児も家事も全部丸投げして、その上あなたは私が離婚できないと思って好き勝手言ってくれたじゃない。自分より立場が下だと勝手に思って見下して、人としても扱わなかった。それなのによりを戻そうって?どこまで馬鹿にすれば気が済むのよ。」
「本当に反省してるんだ!それにお前、パートの稼ぎじゃ生活できないだろう!」
「正社員になったわよ。」
「は?」
「資格も取ったから手当てもつくし、貯蓄もある。あなたの給料より今は上よ。」
「うっ、そんな…」
「分かる?私にとってあなたは必要ないの。『陽太は任せた』って言ったわよね。でも私はあなたに何かを任せることはしないから。これからは自分で生きてね。」
数週間後。私はアイに礼を言った。
「アイ、本当に助かった。ありがとう。浮気相手の夫に証拠を送るなんて考えてなかったから、まさかここまでうまくいくなんて。」
「ま、仕事柄色々思いつくのよ。それに、私はいいの。当然のことをしたまでだし。」
「改めて思ったけど、証拠って大事ね。よく浮気された話とかで、さっさと離婚すればいいのにとか言われるけど、実際は証拠がないと何も動けないのよね。証拠が揃うまでずっと我慢してたから、正直しんどかったわ。」
「よく頑張ったよ。あんたは世話する人間が1人減ったからね。これで少しは楽になるわ。」
「大きな子供がいなくなったからね。息子が同じようにならないよう、しっかり見ていかないと。親の姿って子供に影響するし。」
「けど、あんたなら大丈夫だよ。自分で未来を掴んだんだから。」
その後、夫は慰謝料を2人から請求され、さらに養育費の支払いで給料の大半を差し押さえられた。家事も1人ではまともにできず、荒れた生活の末に会社もやめることに。さおりは離婚協議で不利な立場のまま、こちらも慰謝料を二重に請求される事態になり、職場もやめた。その後、再就職もできずに借金で苦しんでいる。
私はあの人のいない生活の中で、正社員として新しい一歩を踏み出した。陽太と2人、穏やかな毎日だ。陽太には色々苦労をかけたので、これからは愛情を注ぎながら幸せに暮らしていこうと思う。



