「そのだるまみたいな体型で入るドレスがあるの?」
義母の一言で、結婚式の朝は始まった。
「はい。来週、結婚式ですから。妊婦だからってダサい服を着て恥をかかせないでね」
「えっと、一つずつ処理しましょうか。まず、誰がだるまですか?」
「あんたしかいないでしょ」
「私は妊娠して、もうすぐ60キロです。そういうお母さんの体重は?」
「はあ?女性に体重を聞くなんて失礼じゃない?」
「では、女性にだるまと言うのはありなんですか?」
「いちいち口答えするんじゃない!」
「お母さんが先月、70キロ台の壁を超えて必死にダイエットしてるのは知ってます?」
「誰に聞いたのよ?」
「お父さんです」
「あの…」
「次に、ダサい服についてですが、一応私も元アパレル店員ですし、服飾の専門学校も出ています。全身赤で数レーザーコーデをしちゃうようなお母さんの心配には及びません」
「赤なんて着てたかしら?」
「顔合わせの日です。おめでたい日だから赤にしたんだった。何がダメなんですか?」
「先日、町で偶然会った時は全身青でした。一で縛ることを疑問に思っているだけです」
「遠回しに言わず、はっきり言いなさいよ」
「ダサいです」
「あんたって、どうしてそう生意気なのよ。黙っていびられてればいいものを、毎度毎度言い返してきて」
「今時、嫁いびりなんて流行らないので、やめましょうって言ってるんです」
「嫁の教育をするのに、流行もクソもないでしょう」
「私や夫が見たら、行きつくところは絶縁コースですよ。お母さんもそんなの嫌ですよね」
「あんたとは縁が切れても構わないけど、息子は違うでしょう」
「そう来ますか。私たちは夫婦になりましたし、もうすぐ子供も生まれるんですから」
「孫は私が育てるわよ」
「私の娘が全身赤い服を着せられるのは困ります」
「え、娘?女の子なの?」
「性別が分かった時に教えましたけど」
「そういうとこですよ、お母さん」
「何が?」
「お母さんだって娘さんいるでしょ。お姑さんに性別のことで色々言われたら嫌ですよね。私は最初に男の子を産んだし、娘は2番目だもの」
「そういう卑屈もいい加減にしてください」
「ああ、うるさい。とにかくちゃんとしなさいって話よ」
「分かってます。予定日も3週間先ですし、問題ありません」
「さっさとそう言えばいいのよ」
1週間後、電話が鳴った。
「ごめん。今日の式、出席できないかも」
「どうした?」
「今、式場に向かってたんだけど、なんかお腹痛くて。痛いかもしれない」
「え、予定日は2週間先だろ?」
「そうなんだけど、一応病院に電話したら、念のため来てくれって」
「今日はリノちゃんの結婚式なのに」
「お前が優先に決まってるだろう。俺もすぐに戻るから待ってて」
「いいよ。親戚の迎えで空港にいるんでしょ?」
「タクシーで移動してもらえばいい。はるな優先だよ」
「ありがとう。でも式には行ってあげて。たった1人の妹の結婚式なんだから」
「リノには悪いけど、それはできない」
「だめだよ。純平がいないとリノちゃん悲しむと思う。結婚式も今日しかないけど、はるなのお産も今日しかないんだぞ」
「そうだけど、必ず立ち会うって約束しただろう。リノならきっと分かってくれる」
「うん。分かった。でも問題はお母さんね」
「そうだな。何を言うか想像はつく。今から運転でしょ。お母さんには私から連絡しておく」
「いや、俺が電話する。はるなが嫌な思いするだけだから」
「確かに悪いけど」
「タクシーで先に病院へ行っててくれ」
「分かった。運転気をつけてね」
15分後、義母から電話がかかってきた。
「陣痛が始まったから、娘の結婚式を欠席するって?」
「はい。すみません。リノちゃんにも後で謝っておきます」
「冗談じゃないわよ。なんで今日なの?嫌がらせ?」
「私のさじ加減でどうなるものではありません」
「それに私だって今日という日を楽しみにしてたんです」
「純平も出産に立ち会うって言うじゃない」
「断ったんですけどね」
「妹の式に兄が出ないなんて前代未聞よ」
「私1人で産みますから。純平にもそう伝えます」
「私もそう言ったんだけど、あの子、言うこと聞かないの?」
「そうなんですよね」
「変に頑固なところがあって。ということは、あんたが来るしかないわね」
「え?」
「陣痛は何分間隔?」
「まだ定まってはない感じですけど」
「じゃあ、まだまだ大丈夫ね。出産は式に出てからにしなさい」
「さすがに冗談が過ぎるかと」
「あんたは知らないかもしれないけど、陣痛が始まってから生まれるのに何時間もかかるらしいのよ。しかも、初産なんだからすぐには生まれないわ。私の見立てだと、あと8時間はかかるわね」
「勝手に見立てないでください」
「今だって普通にやり取りできてるじゃない」
「今、痛くないんで」
「じゃあ、来なさい。急ぎなさい」
「なぜそこまで私に出席させたいんですか?」
「純平が来ないことがダメだと言ってるの」
「分かりますけど。リノちゃんも了承してくれています」
「はあ。娘に言ったの?」
「はい。夫が連絡したみたいですけど」
「リノは私に似て優しい子なの。自分のことは二の次で、相手を優先する子なのよ」
「似てるかどうかはさておき、優しいのは知ってます」
「じゃあ、純平を連れてくるべきでしょ。式の途中で倒れたらどうするんですか?その方がよっぽど迷惑がかかりますよ」
「ティッシュでも詰めて我慢しなさい」
「お産を経験した人が言うことですか?」
「うるさい。いいからすぐ来なさい」
「じゃあ、そこまで言うなら、このまま行きます」
「最初からそう言えばいいのよ」
「行ってきますよ。行けばいいんでしょ。ごちゃごちゃ言う暇と元気があるなら、早くしなさい」
30分後、式場に着いた。
「ねえ、純平さん知らない?式場に来るって言ったくせに、全然来ないのよ。もうすぐ挙式の時間なのに。あなたも急ぎなさいね」
「何言ってんだよ。ふざけやがって」
「どうしたの?何を怒ってるのよ」
「母さんがトイレに行っている間にはるなは式場へ来た」
「あら、そうなのね。じゃあ今どこ?」
その瞬間、破水した。
「え?なんて迷惑な…お客様の服は汚れなかった?あれ、汚いのよね。信じたくない」
「何が…俺があんたから生まれたってことだよ」
「なんてことを言うの?」
「親戚のおばさんたちも驚いてたぞ。陣痛が始まってるのに来るなんて信じられないって」
「思いのほか早かったのね。ちょっと計算外だったわ」
「みんなはるなに言ってたよ。なんでこの状態なのに来たんだって。そしたらはるなは、お母さんに今すぐ来いと言われた、そう言ってた」
「私のせいにしたの?本当に嫌な女ね。自分が呼び出したんだろう」
「そんなことどうでもいいじゃない。式が始まるわよ」
「あんたの席はない。さっき撤去した」
「わけのわからないことを言わないで。母親の私が出なくてどうすんの?」
「リノの希望だ」
「は?」
「俺ははるなにつく。あとはリノと話せ」
「あんたは戻ってきなさい」
数分後、リノの控え室の前。
「リノ、部屋に入れてよ。どうして鍵なんかかけるの?」
「帰って」
「はるなさんのことなら、私のせいじゃないのよ」
「うるさい。迷惑だから消えて」
「親に向かってなんてことを言うの?」
「私、知ってたから。はるなさんのこと、ずっといびってたの」
「とんでもない。あいつの方が私にひどいこと言ってたんだから」
「反応したら負け、泣いたら相手の思う壺だから、無反応を貫きなさい。私ははるなさんからそう教わったの」
「何の話?」
「私が高校の時、クラスメイト全員から無視されたり、物を隠されたりしてたことを知らないでしょう」
「え?どうして言わなかったのよ」
「言ったよ。学校行きたくないって。そしたらお母さん、何て言った?」
「覚えてないわ」
「学費はただじゃないんだから、甘えるなって言ったのよ」
「単なるさりだと思うじゃない」
「そうだね。私は気づいて欲しかったのかもしれない。ただ、どうしても学校なんか行く気になれなくて、橋の上からずっと川を眺めてたの」
「あなた…」
「うん。この世に未練なんてなかった。でもそこにはるなさんが来た」
「え、でも高校ってことは、もう10年も前のことよね」
「そうだよ。お兄ちゃんより先に、私がはるなさんと出会ったの」
「あなたが純平に紹介したってこと?」
「そう」
「どうして言わなかったのよ」
「初めてはるなさんが実家に来た時、お母さんは『貧相な顔と体型ね。疫病神にならなきゃいいけど』って笑ったでしょ」
「そうだったかしら」
「あの日決めたんだ。今度は私がはるなさんの味方になるって」
「そんなつもりで行ったんじゃないのよ」
「ゴングを鳴らしたのはお母さんだよ」
「私だって、リノの命の恩人だと知ってれば、少しは優しくしたわ」
「たらればの話なんてしたってしょうがない。お母さんがはるなさんにぶつけてきた悪意は、少なからずダメージを与えてるよ」
「分かった。あの女に謝る。それでいい?」
「はるなさんが許しても、私は許さない。これ以上攻撃するつもりなら、その時は覚悟して」
「あんた、親を脅すつもり?」
「もう親だとは思ってないから」
「リノ、最悪の気分だけど、相手のご家族やお客様に悪いから、笑顔で今日を乗り切る。そのためにお母さんにはいて欲しくないから、帰って」
「純平たちはできちゃった結婚で式なんてあげられなかったし、今日がどれだけ楽しみだったか分かるでしょ?」
「すみませんが、挙式が始まるので失礼します」
「リノちゃん、待ってよ」
「これ以上邪魔するなら警備員を呼ぶわ。それでも帰らないなら警察よ」
「そんなこと言わないでよ。置き物だって慎重したのよ」
「ねえ、リノちゃんてば」
翌日、義母から電話がかかってきた。
「あんたのせいで、娘の式から追い出されたわ。夫からも離婚を切り出されたし、私はもう終わりよ。せっかく可愛い我が子を抱けると思ったのに」
「お母さんからの連絡で台無しです」
「生まれたのね。今から行くわ」
「我が子の結婚式にすら参列できない人が、なぜ病院に来れると思えるんですか?」
「娘や息子が怒ったのはあなたのせいよ。余計なことを言うから誤解したの」
「真実しか言ってません」
「嫁いびり問題なんて、世界中どこにだってあるじゃない。特別死することじゃないでしょ」
「なるほど」
「それに、あなた大して傷ついてもなさそうだし。いちいち言い返してきてたし」
「だったのよね。それを娘たちに話してくれないかしら?」
「嫌です。すごく傷ついてましたから」
「嘘つけ」
「容姿のことに始まり、実家の悪口に人格否定。これで心がえぐられない人間がいますか?私が言い返してたのは、これ以上傷つかないための防御だったんですよ」
「大げさな」
「だったら、お母さんも家族に絶縁されたくらいで大げさに騒がないでください。大体、あんたが式場に来るから行けないんでしょ」
「誰が来いって言ったんでしたっけ?」
「だからって、陣痛のさ中に来るなんて、母親失格だわ」
「陣痛が遠いたんです」
「は?」
「病院に電話したら、前駆痛と勘違いしたかもねって言われて。1時間経っても痛みがなかったので、リノちゃんにおめでとう言いたくて行きました。破水するなんて思わなくて」
「でしょ。ほら、やっぱりあなたが悪いんじゃないの」
「ですね。結果、迷惑をかけてしまったので」
「ほらね」
「でも、お母さんが来いと言わなければ、行こうとすら思わなかったので、やっぱりお母さんのせいだと思います」
「もう終わったことはどうでもいいの。私がこんな目にあった責任を取りなさい」
「知りません。では、さようなら」
「え、ちょっと待って。普段はもっと良い返すでしょ。ねえ、はるなさん」
数分後、夫から伝言が届いた。
「父さんからの伝言だ。離婚する。今週中に出ていけ、だって」
「はあ」
「あとは弁護士と話せってさ」
「待ってよ。なんで直接言わないの?あの人はどこ?」
「母さんが出て行くまでホテルに泊まるって」
「どうして私が離婚されなきゃならないのよ」
「それだよ。自分に原因なんてないと思ってるところが意味が分からない」
「とにかく俺は伝えたから。じゃあ、さようなら」
「純平、待ちなさい」
2年後、夫から連絡があった。
「久しぶり」
「2年ぶりね」
「母さんか。今更何よ、その反応は。この2年、私がどうしてたか心配じゃないわけ?」
「こっちは育児で忙しかったし、それどころじゃなかったよ」
「本当にいろんなことがあって、結果的に今はアパートで暮らしながら働いてるのよ」
「ご苦労様です」
「何なの?」
「2年経って許されると思ったら大間違いだよ」
「そうじゃないけど、1つ聞きたいことがあって。あの女は誰なの?」
「誰のことだよ」
「久しぶりに家を覗いたら、知らない女が庭で2歳くらいの子供を抱いてたの」
「はるなとあんたの子だろ?」
「ああ、見たんだ」
「どこの誰?」
「お父さんも随分親しそうだったけど」
「知る必要ある?」
「ああ、ベビた。少しふけてるけど、それなら納得だわ」
「父さんは再婚したんだ」
「は?」
「あの人は新しい奥さんのみち子さん」
「嘘。信じられない。こんな裏切り許せないわ」
「別に独身男性が再婚するのに、元嫁の許可はいらないだろう」
「私にはなかった孫を。なんであの女が抱っこしてんのよ」
「はるなとみち子さんは仲良しだからな」
「ありえない。あんな女と気が合うやつなんているか?」
「母さん、いい加減気づきなよ。正直なところ、みち子さんは母さんよりはるなを好きになる」
「そんなわけない。みんな騙されてんのよ」
「どう思うが関係ないけど、邪魔だけはしないでくれ。今、リノも妊娠中ではるなも2人目がお腹にいる。うちの娘もみち子さんに懐いてて、たまに預かってもらったりしてるんだ」
「リノは再婚相手を嫌がってるのよね。5歳なんて不潔な女が母親になって、かわいそうね」
「どういう偏見だよ。リノがみち子さんと一番仲良くしてるよ」
「はかったわ。遺産狙いの強欲女に決まってる。だからみんなに優しくして取り入って、最後はお父さんの遺産を寝首もらうつもりなんだわ」
「よくもそこまで人を貶めるような妄想ができるね。もう呆れて、怒る気にもならないよ」
「お母さんを信じて。騙されちゃだめ」
「あのさ、逆なんだ」
「何がよ」
「資産があるのはみち子さんの方。それに比べたら親父なんて未人だよ」
「隣町の資産家の娘さんでさ、最近全てを相続したらしいんだけど、相続税が膨大すぎて土地と家を売ったんだって」
「へえ」
「前から商工会の交流があった父さんに色々相談してるうちに、仲良くなったらしいよ」
「じゃあ、お父さんがお金に目がくらんだのね。情けない人だわ」
「あの2人を見てると、そうは思えないな」
「どういう意味?」
「あれがお互いを思いやる夫婦なんだなって。俺らやリノたちは学ばせてもらってるところなんだ」
「私からも学ぶことあったでしょ?」
「うん。こうなってはいけないという反面教師だけどね」
「純平」
「お母さん、寂しいの。せめてあなたたち子供や孫に会いたいのよ」
「だったら、まずはるなに謝ることじゃないか」
「それは心を込めて謝れば、きっと分かってくれると思う」
「謝るから、合わせて」
「それは無理だよ。まずはLINEか電話でしょう」
「分かった。心を込めて謝罪するわ」
数日後、義母から電話がかかってきた。
「私を許したと純平に言いなさい」
「うわ、2年経っても一切衰えることのない邪悪なオーラ」
「あんたが許すと言えば、会ってくれるって言うのよ。お母さんは反省してたから許してやって、と純平に今すぐ連絡しなさい」
「お母さん、反省の意味分かってます?」
「分かってるから、謝りたくないのよ」
「正直ですね」
「お断りします」
「なんでよ」
「今の穏やかで幸せな時間を壊されたくないからです」
「聞いたわよ。みちこかまちこか知らないけど、金で男を釣るような女に騙されてるらしいわね」
「みち子さんはそんな方じゃありませんよ」
「私はこの2年、家族に戻るために努力をしてきたの」
「例えばどんな?」
「それは色々よ」
「何も変わってない気がするんですが」
「それはきっと会えば分かるわ」
「会いません。夫には、反省の様子は見られなかったと伝えますね」
「待ちなさいよ、この小悪魔女」
数日後、リノから電話がかかってきた。
「大変。みち子さんが救急車で運ばれたの」
「え、意識はあるの?」
「うん。さっき話せた。60代の女性が木の棒を振り回してきたって」
「きよこさんしかいないね」
「私もそう思う」
「みち子さんの容体は?」
「MRI取ったけど異常なし。念のため今日は入院するって」
「よかった」
「ごめん、リノちゃん。私のせいだ」
「そんなことない」
「この間、連絡があった時に突き放したから、怒りが膨れ上がったんだと思う」
「変に優しくするよりましだよ」
「実の母親だと思いたくない。本当に恥ずかしい」
「冷静に考えたら、自分は追い出されて、5歳とみんながうまくいってるなんて、悲しいよね」
「悲しんでる人が棒を振り回す」
「きよこさんって、なんかずっと怒ってるよね」
「子供の頃からそうだった」
「うん。自分の思い通りにならないと、甲高い声でキーキー怒ってた。あれが嫌で仕方なかったよ」
「純平も言ってたな。料理が苦手だから、お父さんが作ってたんでしょ」
「うん。卵焼き1つ焼けないよ。お袋の味を知らないんだって、悲しそうに笑ってたの」
「常に不機嫌で、自分は正しくて、否定されると切れる。それがお母さんだよ」
「私たちはみち子さんを見習おう」
「そうだね」
「でも、なんでお母さんは2年間も動かなかったのに、今更接触してきたのかな?」
「確かに、あの執着心ならもっと早く何かしら仕掛けてきそうだけど。何か理由がある気がするんだよね」
「でも、お父さんがあんなに怒ってるの初めて見たよ」
「あいつがみち子に手を出したことは絶対に許さないってさ」
「大事な人を傷つけられたんだもん。当然だよ」
「もうお母さんの顔も見たくないって」
「お父さんも辛いだろうね」
「今はみち子さんの手をずっと握ってる。その光景見てるだけで泣けてきちゃうよ」
「絶対に壊させない。私が話すから、みんなはブロックして」
「はるなさん、いつもかっこいい義姉でいてくれてありがとう」
「やめてよ。照れるじゃん」
翌日、義母からLINEが届いた。
「惨めな人ですね」
「何の話?」
「自分が相手にされないからと言って、新しい家族を攻撃するなんて」
「あんたたちのせいで警察に拘束されたじゃない」
「なんでLINEで来てるんですか?」
「はあ」
「取り調べが終わって、一旦帰れって言われたの。活動も出ないし、最悪だったわよ」
「ああ、一時帰宅ですか。そのまま一生留置所にいればよかったのに」
「なんてことを言うのよ。とにかく、みち子とかいう女に被害届けを取り下げさせなさい」
「無理ですよ。全治2週間の怪我をさせておいて」
「あんなの、ちょっとしたスキンシップでしょ」
「木の棒を振り回すスキンシップなんてありません」
「大体、あんたらが冷たくするからいけないのよ。私がこの2年どれだけ苦労したか知ってるの?」
「知りませんし、興味もありません。てっきり、どこかの資産家と再婚でもしたのかと」
「なんでそれを知ってるのよ」
「やっぱり。純平さんが噂で聞いてたみたいです。今後、すぐに隣町の95歳の男性に嫁いだって」
「あのじ、死ぬ間際に遺産は全部寄付するなんて、余計な遺言書きやがって。私の2年が無駄になったのよ」
「介護もせず、おじいさんのカードを勝手に使ってたのが親族にばれて、追い出されたって噂も本当みたいですね」
「うるさい。あれは正当な報酬よ」
「その2年間のツケが、今一気に回ってきただけでしょ」
「とにかく、無一文で追い出されて、お金がないの。あの女に治療費なんて払えないわよ」
「払えないなら、そのまま起訴されてください」
「あんた、鬼ね。嫁の分際で姑を刑務所に送る気?」
「私はもうあなたの嫁ではありません。みち子さんは、あなたの暴力も過去の悪業も、全て許さないと言ってます」
「あんな女のどこがいいのよ」
「あなたと違って、心から家族を愛しているところです」
「愛なら、私の方が大きいわ」
「それが伝わってないのが問題なんじゃないですか?」
「私はね、姑に『毎日焼きたまご』って言われ続けたの。卵焼き1つ焼けないって、毎日毎日なじられて。だから子供たちに八つ当たりするしかなかったのよ」
「それが間違ってるんですが」
「でも、愛してたのは本当よ。だから2人を厳しく育ててきたの」
「お母さんのやり方はただの支配ですし、他人の私にすら悪意を向けましたよね」
「あんたが怖かったのよ」
「私がですか?」
「仕事もできて、家事も完璧で、私が30年かけても手に入れられなかったものを、あんたは最初から持ってた。それが憎かった」
「だから容姿や人格を否定して、自分を保とうとしたんですね」
「そうでもしないと、私が消えてしまいそうだった」
「知ったこっちゃありませんよ。うだうだ言い訳並べてるけど、人を攻撃していい理由になってないんだよ」
「え、ゴキブリ好き?」
「嫌いに決まってるじゃない」
「うちらも同じ感情をあなたに抱いてる」
「ひどい」
「加害者に限って被害者ずらするんだよな」
「いつくわ」
「寂しいのよ。本当に寂しいの」
「それが自業自得っていうの、分かった?」
「そんな純平も、リノちゃんも、お父さんも、あなたからの連絡は全て拒否設定にしたから」
「なんで?本当に親子の縁を切るつもり?」
「特に切れてるでしょう」
「今、あなたの相手をしてあげているのは、この世で私1人だけだってこと。感謝してよ」
「はあ。あんたなんかに構って欲しくないわよ」
「あそでは、私も拒否しようと」
「反省してます。今までごめんなさい。みち子様にも謝罪をしたいと思ってます」
「遅いんだよね。あと薄っぺらい」
「そんなことはございません」
「家族が病気や怪我の時は心配する。身内を守る。そんな当たり前のことができないから、こうなってんでしょ」
「もうしない。2度と暴言も吐かない」
「警察から戻って、早々に反省の色もなし。このことは警察にも伝えるから」
「これで完全に実験への道が確定したね」
「お金ならどうにかするから、助けて」
「さようなら。次は法廷でお会いしましょう」
その後、元義母のきよ子は傷害罪で起訴されました。みち子さんが被害届けを取り下げなかったことで、実刑判決が下りました。
刑期を終えて出てきた彼女を待っていたのは、誰1人味方のいない本当の孤独でした。身元引き受け人もおらず、身を寄せる場所もなく、日雇いの仕事を転々としながら、家賃数万円のボロアパートで暮らしているそうです。かつての栄華は見る影もなく、公園のベンチで1人震えながらパンをかじる姿が近所でも目撃されていると聞きました。
接近禁止となっているので、迂闊に近づくこともできないようで、安心して暮らせています。
一方、私たち家族は今、最高に幸せです。私は2人目を無事に出産し、純平と協力して賑やかな毎日を送っています。お父さんとみち子さんも相変わらず仲良しです。週末にはリノちゃん夫婦も集まって、みんなで庭でバーベキューをするのが恒例になりました。
「家族って、こんなに温かいものだったんだね」
そう言って笑うリノちゃんの目には、橋の上で泣いていた悲しみはありません。
失った時間は取り戻せませんが、これからの時間を新しい家族と共に大切に紡いでいこうと思います。



