「お母さん、今度のお正月のことなんですけど」
「けど何よ。まだ優香さんのターンでしょ」
「ターン?」
「会話っていうのはキャッチボールなのよ。お互いに言葉を投げ合うものなの。あなたの言葉をもらったら私も返すわ。はい、どうぞ」
「え、あ、はい。その、私もうすぐ臨月ですし、体調が優れないことも多くて。だからちょっと顔を出せないかもなって」
「ちょっとって何分? 数分だけ顔を出すってこと? 一時間くらい待ったら顔を出すの?」
「いや、そういうことじゃなくて。体調がしんどいので、お正月の集まりには参加できません」
「それってLINEで言うこと? そういうのは直接顔を見ながら言うべきでしょ。断る立場なのにLINEで終わらせるって失礼だと思わないの?」
「前々から思ってましたけど、お母さんって話が通じない性格ですよね」
「何よ。私に文句でもあるの?」
「いや、こっちの話です。とにかく、明日にでも一度そちらに顔を出します」
「来れるの?」
「はい。断るなら直接なんですよね。明日来れるならお正月も来れるでしょ」
「お母さんが言い出したことじゃないですか」
「あと、私のところにだけ来てもダメよ。お正月は親戚も集まるんだから、私やお父さんも含めて三十人もいるのよ」
「もしかして、全員に直接断りを入れろって言ってます?」
「親戚に断りも入れずに無断で休む気? それって失礼よね」
「無理ですって」
「だったらちゃんと出席しなさい。あなたは高志と結婚して一年目の新妻なのよ。他の方に迷惑をかけるなんて許されないわ」
「はあ」
「あと、うちの集まりでは嫁がおせちを作るのが伝統よ。三十人分のおせちはあなたが作るんだからね」
「聞いてませんけど」
「今言いました。当日はうちの台所を使っていいから、よろしくね」
高志が仕事から帰ってきた。優香はソファに縮こまって、ため息をついた。
「今日、お母さんに連絡入れたんだろ。どうだった?」
「ダメ。全然ダメ」
「お疲れ」
「ねえ、お母さんって昔からあんな感じだったっけ? 話が通じないっていうか」
「母さんのお得意の言葉がかりだな。俺もあのモードの母さんの相手は苦手だよ」
「言葉がかりっていうか、魔女裁判。私が行く前提で話してるじゃん。こっちの話を聞く気なんて最初からないんだよ」
「わかる」
「結局、お正月は行かないとダメみたい。臨月は出産日まで余裕はあるけどさ」
「俺から断っとこうか。最近体調が悪いことも多いんだろ」
「いいよ。大丈夫」
「本当か? 俺はお正月の集まりとか行かなくてもいいけど」
「大丈夫だって。それに高志とお母さんが話したら、また喧嘩するでしょ」
「そこはほら、頑張るというか」
「それ絶対するやつじゃん。私、ああいうの苦手なんだよね」
「俺は別に」
「それにさ、お母さんは大事にしないと。高志が私みたいになったら嫌だし」
「優香、お母さんのことまだ気にしてるのか」
「そりゃしてるよ。だから高志には私みたいになってほしくないの」
「そうだな。気を使ってくれてありがとう」
「いえいえ、それほどでも」
「はいはい、調子のいい女。本当にしんどかったら遠慮なく言えよ」
「はーい。じゃあ当日はさくっとおせち作っちゃいますか」
「俺はその日朝から上司の家に挨拶に行くからな。昼頃には戻るけど、何かあったら連絡してくれ」
「そんな心配しなくても大丈夫。おせち作った後はゆっくりできるでしょ。親戚の目があるんだから、お母さんも大人しいでしょ」
「だといいんだけどな。じゃあ、これから帰るわ」
「はーい」
お正月当日。優香は朝五時から台所に立ち、三十人分のおせちを一人で作り上げた。義母はというと、朝からどこかへ出かけている。
「優香さん、おせち料理三十人分はちゃんと作った?」
「はい。朝五時から作ってましたからね」
「それにしても」
「何よ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「お父さんは足が悪いのでご実家にいましたが、お母さんは朝からどちらへ?」
「朝の散歩よ」
「臨月の妊婦に料理を丸投げしてお散歩ですか? ひどくないですか?」
「悪い? 悪いとは言えないでしょ」
「いや、悪いとは言いませんけど」
「だからけど何よ。そこで切ったら文法としておかしいと思わない?」
「なんでもないです」
「だったら最初から言葉を濁すんじゃないの。とにかくおせちは作り終わりました。自分が悪いのに何を怒ってるんだか」
「優香さん、あなた情緒不安定だって言われない?」
「それはお母さんの方では?」
「は? 何ですって?」
「何でもありません」
「ああ、もういいわ。それじゃあ私はゆっくりさせてもらいますね」
「じゃあ、高志の部屋にでもこもってなさい」
「高志の部屋、まだ残ってるんですか?」
「そこに親戚が帰るまでずっといなさい」
「は? ずっと?」
「他人のあなたに、お正月のお祝いに参加する権利はないのよ」
「他人?」
「そもそも体調の悪い妊婦がいても迷惑だしね。お祝いの空気を邪魔しないよう、顔も見せないでちょうだい」
「さすがにその言い方はないんじゃないですか?」
「何よ。文句でもあるの? 私は高志の妻です。他人って言い方はないですし、おせちだって全部私が用意したんですよ」
「言い方を指摘できるほど、あなたに国語力があるの?」
「今はそんなこと関係ありません」
「あのね、これでも私は気を使ってあげたのよ」
「気を使ってあげた? 私にですか?」
「あなた体調が悪いんでしょ? ずっとそう言ってますよね。だからゆっくりさせてあげようと思ったの。それとも何? あなた臨月の体で親戚の相手をして回りたいわけ?」
「いや、それは」
「それって続きは何でもありません。こういう時は感謝の言葉を言うのが普通じゃない」
「感謝を? 私がですか?」
「義理の母親があなたを気遣ってあげてるのよ。感謝の言葉以外に何があるの? その程度の常識もないの?」
「そうですね。ありがとうございます」
「はい。じゃあ大人しく部屋にこもってなさい。私たちは楽しくお正月を祝いますから」
数時間後、部屋のドアが引っかかって開かない。優香は高志に電話をかけた。
「ゆうか、大丈夫か?」
「ごめん。ちょっと寝てた。高志、電話くれてたんだ」
「いや、寝てたんならしょうがないよ。てか、寝てたって大丈夫なのか?」
「お母さんに部屋に閉じ込められたの。高志の昔の部屋に隔離されてる」
「は? 隔離? どういうことだ?」
「なんか、他人はお正月のお祝いに参加する資格はないんだって。他の人の邪魔になるからこもってろってさ」
「は? なんだそれ?」
「まあ、ゆっくりはできてるから」
「そうは言っても、その扱いはないだろう。臨月の優香におせち作らせて、自分は何もせずに、いざ祝いの席には参加もさせないって、やってることひどすぎるだろ」
「私もそう思う。それよりも、高志はそろそろこっち来る?」
「ああ、上司への挨拶は終わったからな。すぐに行くよ」
「そっか。待ってる」
「て、どうした?」
「部屋のドア開かないんだけど」
「は? 開かない? 鍵でもかけてるんじゃないか?」
「いや、かけてないけど。なんか引っかかってる」
「引っかかってる? 何が?」
「どうしよう。高志、今度は気持ち悪くなってきた」
「大丈夫かよ」
「トイレ行きたい」
「母さんは?」
「連絡してるけど既読無視」
「じゃあ親父は」
「お父さん、お酒飲むって言ってたから」
「親父、弱いもんな。使いものにならないか」
「他の親戚の人の連絡先とか知らないし」
「家に親戚がいるんだろ。声を出せば誰か来ないか」
「ここ二階だし、大声出したら吐きそう。正直、LINEを打つのもしんどいかも」
「分かった。すぐに行く。俺が行くまで横になってろ」
高志が駆けつけたとき、優香はトイレに行くこともできずに床で丸くなっていた。高志は義母や親戚に挨拶もせず、優香を連れてそのまま病院へ向かった。お祝いの席は騒然とし、早々に解散になった。
数日後、優香は病院から義母に電話をかけた。
「お母さん、どうも」
「どうもじゃないでしょ。何回も連絡したって言うのに。お正月から高志も優香さんも連絡返さないんだから」
「色々と忙しかったので」
「あのね、あなたたちのせいでこっちは大変だったのよ。高志が急に帰ってきたと思ったら、私たちや親戚の方に挨拶もせずにどかどか入ってきて、あなたを連れてさっさと帰っちゃったんだもの」
「ああ、それですか」
「せっかくのお祝いの日だったのに、空気が悪くなって早々に解散よ。それもこれもあなたたちのせいだからね」
「お母さん、私は今病院にいます」
「え、病院? どうして?」
「どうしてかわかりますか?」
「さあ? 体調が悪いって言ってたし」
「お母さんが部屋に閉じ込めたせいですよ」
「え、私が悪いって言うの?」
「お母さん、ドアに物を挟んでましたよね」
「さあ、何のことかしら。というか、体調は大丈夫? 妊婦でしょう? お腹の子は?」
「昨日、出産しました」
「え、どうして言ってくれなかったの? おめでとう。よかったわね」
「あの、正気ですか? とはいえ、それはそれ、これはこれ。あなたたちのせいでお正月が台無しになったんだから、そのことについてはしっかり反省しなさい」
「ここまで来ると、呆れるというか」
「というか何よ。言葉を途中で切るなって何回も言ってるでしょ。ほら、続きはまだあなたのターンよ」
「私って、他人なんですよね」
「話の途中で別の話をしないで。いいから答えてください」
「何よ。そうよ。結婚して一年経ってない嫁なんて、他人よ」
「そうですか。なら私も、今後は他人扱いしますね」
「何それ? 仕返しのつもり? どうぞどうぞ、好きにしてちょうだい」
「では他人なので、もう我慢も遠慮もいたしません」
「勝手にすれば。私には関係ないことだわ」
「先に確認しておきたいんですが、お母さんの言う他人って何ですか?」
「他人は他人でしょ」
「臨月の妊婦におせちを作らせて、部屋に閉じ込めて。そういう扱いも、他人だからってことですね」
「それが何よ」
「つまり他人には、気遣いも思いやりも必要ないと」
「それはそうでしょ。他人は家族じゃないんだから」
「ならこれも確認させてください。ご実家のリフォーム代、私たちが払ってますよね」
「それが何?」
「他人には気遣いも思いやりも必要ないなら、他人のリフォーム代を払う必要はありませんね」
三十分後、高志の電話が鳴った。義母だ。
「ちょっと高志、あなたの嫁はどうなってるの?」
「優香が何だって?」
「リフォーム代を払わないって言い出したのよ。総額五百万だぞ。今まで私たちが払ってやっただけありがたいと思えよ」
「そういう問題じゃないでしょ。嫁にあんな口を聞かせるなんて、旦那の責任よ。恥ずかしい話なのよ、これは」
「はあ。恥ずかしいのは、あんたの方だろ」
「何ですって。母親に向かってあんたとは何?」
「そもそもリフォームはあんたのためじゃない。事故で足を悪くした親父のためにやったんだ」
「そんなの分かってます。バリアフリーでしょ。提案したのは私たちの方だったけど、親父は納得してなかったよな」
「お父さんは現実が見えてないのよ。息子夫婦に払わせるなんて心苦しいって言いながら、自分はリフォーム代を出せないんだから」
「だから親父に黙って、あんたが話を進めた。そのことで俺と喧嘩になったのを忘れたのか」
「でも結果的にはあなたたちが払うことで決まったわよね。自分たちで言い出したことでしょ」
「話を聞いてたか。俺たちが金を払ってたのは親父のためだ。だからその親父が困るでしょって言ってるんだ」
「それなら心配ないわ。お父さんと離婚するって」
「は? 離婚?」
「お父さんが、あなたが勝手に話を進めたことを知ったらしくてね。もう我慢の限界だとな。元々、あんたの言葉がかり的な言動もしんどかったんだろう。親父はあんたに詰められるたびに、宇宙猫みたいな顔してたしな」
「はあ。宇宙に猫はいないわよ。とにかくもう、リフォーム代を払う理由がなくなったんだ」
「ちょっと待って。ローンの名義は私よ。親父に黙って勝手に話を進めたんだから、そうでしょ」
「なら私が払うの? 一人で? 親父の同意を得ずにローンを組んでるんだ。共有財産としては扱われないだろうから、そうなるな」
「無理だわ。私は専業主婦なのよ。高志、こんなの間違ってるわ。母親をこんな目に合わせていいと思ってるの?」
「俺が今までどれだけ我慢してきたか、気づいてないのか?」
「我慢って?」
「母さんの優香への言動はずっと気に触ってたけど、優香が俺と母さんの喧嘩を望んでなかったんだよ。優香は実の母親と喧嘩別れして、そのままだったんだ。仲直りする前に、去年亡くなった。だから俺に同じ思いをしてほしくないってさ。けど今回のことで、あんたにその価値がないって分かったよ」
「価値がない? 私が?」
「あんたは優香だけじゃなく、お腹の子も巻き込んだ。臨月の妊婦を部屋に閉じ込めて、連絡が来ても既読無視。何かあったらとは思わなかったのか。嫁を大事にしない。孫の命を危険にさらす。そんな奴は、もう俺の母親じゃない」
「ちょっと待ちなさい、高志」
「ちょっとちょっとって、何分だ? 言葉は正確に使えよ。自分で言ってることだろう」
「いや、それはそういう意味じゃ」
「まあ、何を言われたところで意味ないけどな。もうあんたを待つ気なんて、俺には少しもないんだから」
翌日、優香の元に義母から連絡が入った。
「ちょっと、義理の母親が連絡してるのよ。早く返事しなさい」
「ああ、すみません。ちょうど親戚の方が出産祝いに来てくれてたんですよ」
「そんなことは今はどうでもいいの。それよりも問題はこっち。お父さんと離婚されるんですよね」
「そうよ。お父さんが急に離婚届を突きつけてきて、ローン五百万の支払いも私だって。本当にもう、どうしたらいいか」
「あの、お母さん。まだお母さんのターンですよ」
「ターン?」
「だってそうですよね。どうしたらいいかで終わったら困ります。だから、どうしたいんですか? どうしてほしいんですか?」
「あのね、人が落ち込んでる時に、何その言い草は?」
「そういうのは今は必要ないんで。言葉を途中で切るなんて、相手に失礼ですからね。はい、続きをどうぞ」
「その、あれよ」
「あれって曖昧な言葉を言われても分かりませんよ。私はエスパーじゃないんですから」
「だから、その、ローンとか払ってほしいなって」
「いくらですか? ですか? あと、ローンとかって疑問系ってことは、ローンじゃなくてもいいんですか?」
「さっきから何なのよ。こんなの会話にならないじゃない」
「ああ、お母さんは知らないんですね。会話ってキャッチボールなんです。なのに会話の途中で急に怒り出すとか。これじゃあバッティングセンターじゃないですか。ダメですよ」
「あのね、そっちがふざけてるから怒ってるのよ。私と会話する気がないの?」
「ああ、それ、セルフデッドボールですね」
「デッドボール?」
「自分の発言が、思いっきり自分に当たってますよ」
「何の話よ」
「お母さんがずっと言ってきたことですよね。なのに自分が同じことをされたら、会話する気がないって。それって、今まで会話する気がなかったってことですか?」
「いや、それは」
「それはって、続きがあるならどうぞ。会話が下手なお母さんのことも、ちゃんと待ちますよ」
「もう本当に何なの? あんたのせいで全部めちゃくちゃじゃない」
「はい。私が何かしましたか?」
「あんたが高志と結婚してから、私の肩身が狭いのよ。親戚の連中から影口を叩かれてるの。優香さんはいい人なのに私はひどいって。私が優香さんに意地悪してるとか言われて」
「うん。それは事実ですよね」
「しかも、会話するのもしんどいとか言われてるの。あんたが被害者ずらばっかりするから、私だけ損してるみたいじゃない」
「お母さんとの会話がしんどいのは、前からです」
「え?」
「さっきいらっしゃってた親戚の方が言ってました。昔からお母さんの言葉がかり的な会話は辛かったって。昔から」
「それって、優香さんが来る前からってこと?」
「そうですね。それに今回の私への言動も、お母さんならやりそうだって。親戚の方は皆さん、どこか納得されてました」
「ちょっと、優香さん。今回のって言いましたね」
「それって何のことかしら?」
「お正月のことですよ。皆さん何があったか気にしてらしたので、私の方から全て説明させていただきました」
「全て?」
「臨月なのにおせち三十人分を作らされたことに始まって、物理的に閉じ込められたことも、全部ですね」
「なんてこと」
「皆さんお怒りでしたよ。もう二度とお母さんの顔も見たくないそうです」
「私の味方は誰もいないのね。じゃあこれからどうしたらいいの? 夫にも捨てられて、ローン五百万背負って、味方になる人もいないなんて」
「さあ、私には分かりません。だって私たちはもう他人なんですから。他人には、気遣いも思いやりも必要ないですもんね」
数日後、高志から連絡が来た。
「優香、退院おめでとう。親父と一緒に迎えに行くよ」
「ありがとう。お父さんも一緒なの? 足は大丈夫?」
「親父は助手席に座ってるだけだから平気。てか、親父が迎えに行きたいってさ」
「それは嬉しいけど、なんでまた」
「ほら、母さんのことで迷惑かけたろ。改めて謝りたいんだと」
「そんな、別に大丈夫なのに」
「こういうのは気持ちの問題だからな。謝られて困るってこともないんだし、ありがたく謝られとけ」
「それはそうだけど。てか、お母さんなんだけど」
「うん。親父と離婚して、ローンもあるからって、家は売ったらしいな」
「そうなんだ」
「そのローンの支払いがきついらしくてな。親戚中に金を貸してくれって頼み込んだらしいぞ」
「誰も貸さないでしょ」
「だから今はなくなくパート生活だってさ。昼も夜も働いて返済してるらしい」
「そっか。まあ、自業自得だね」
「だな。それよりも、お父さんの家は見つかった?」
「おう、うちの近くで見つけた」
「よかった。お父さん足が悪いから心配で」
「これからは孫の顔をちょくちょく見にくるってさ」
「そう、それ」
「え、どれ?」
「子供の名前は決まったの?」
「いや、まだ悩んでてさ」
「もう生まれたんだから早く決めてよ」
「候補からいくつか絞っといた。帰ったら一緒に決めよう」
「了解。あ、そういえば忘れてた」
「どうしたの?」
「昨日、優香のおばさんがうちに来たんだ。で、一通の手紙を預かった。亡くなった優香のお母さんからって」
「え?」
「手紙は見てないけど、優香のお母さんはとっくの昔に優香を許してたってさ」
「そっか。お母さんが」
「だから今度、墓参りに行かないか。孫の顔も見せてあげたいしな」
「そうだね。でもその前に、名前は決めないと。初孫が名前すら決まってないんじゃ、お母さんが困っちゃうからね」
その後、今回の件も一段落した。義母は今も実家で一人で暮らしている。離婚や五百万のローンといった現実的な問題よりも、一番応えているのは、誰も自分の話を聞いてくれなくなったことだろう。今まで言葉で人を責め続けてきたお母さんは、もう自分の言葉さえ受け取ってもらえなくなった。これが、誰かを責める言葉を選んできた報いなんだと思う。
一方で優香は、退院後すぐに母の手紙を読んだ。そこには、すれ違っていた間の言い訳も、自分への恨み言もなかった。ただただ自分のことを心配し、ただただ自分の幸せを願ってくれていた。そして最後にはこう書いてあった。
「これから何があっても、あなたの母親だったことを誇りに思う」
誰かを責めるための言葉じゃない。母からの優しさだけを感じた。そんな偉大な母の背中を追いかけて、優香は一つだけ約束をした。
きっとあなたに負けない母親になります、と。
この約束を胸に、優香はこれから立派な母親になっていきたいと思う。



