「マミー、さっきの写真は何よ?」
「はあ?何が?楽しい思い出を共有しようと思っただけよ。」
妹のマミから送られてきたのは、私の夫・アキラと浴衣姿で並ぶ写真だった。しかも背景は旅館。二人で温泉旅行を楽しんでいる。
「どうしてあなたとアキラが一緒にいるの?」
「そうよ。お姉ちゃんの旦那と温泉旅行を楽しんでるの。奪っちゃってごめんね。彼と相性がいいんだよね。」
「あんた、自分が何をしてるか分かってるの?」
「もちろん分かってるよ。でもしょうがないでしょ。私たちは両思いなんだから。その邪魔をするなんてダメだよ。」
「ふざけないで。私とアキラは夫婦なのよ。」
「形だけでしょ。もし本当に愛し合ってたら、こんなことにはなってないわ。お姉ちゃん、社会的な地位を利用してマウント取ってきたりするから。そういうところが嫌だったんじゃない?」
「何を言ってるの?そんなことしないわよ。」
「でも愛されてないのは確かだから、そこは自覚して。」
「どうしてこんなことをするの?」
「だから、私たちは愛し合ってるからだよ。お姉ちゃんの立場を分からせてあげないとなって思ったの。愛されてもないのに夫婦を続けるなんて不幸でしょ?それなら一層終わらせた方が良くない?子供だっていないんだし。手続きもそんなに面倒くさくないでしょう。」
「そんなことをあなたに言われる筋合いはないわ。」
「私はお姉ちゃんのためを思って言ってるんだよ。そもそも、お姉ちゃんと結婚してたのが間違いなのよ。大きな会社に勤めて稼いでるアキラさんは、お姉ちゃんにはもったいない男性だわ。これからは私とアキラさんが幸せになるから、さっさと別れてくれる?」
私は電話を切った。怒りよりも、込み上げてくるものは悲しさだった。夫と妹に、こんな形で裏切られるなんて。
数分後、今度はアキラに電話をかけた。
「アキラ、今どこにいるの?」
「どこって?それはもうお前に言ってあるだろ。」
「あんたが出張に行ってないことは分かってるのよ。さっきマミから連絡があったの。あんたと仲睦まじい様子の写真が送られてきたわ。」
「は?マミが…」
「そうよ。あなたと楽しく旅行してるって言ってた。」
「嘘だろ?なんでそんなこと…」
「あんたは私を裏切ってたってことね。しかもよりによって妹に手を出すってどういうことよ。」
「いや、違うんだ。俺だって最初からそういうつもりじゃなかったんだよ。マミから相談があるって連絡があったんだ。離婚してシングルマザーになったから色々大変で、話を聞いて欲しいって言われて。しかもお前にはなかなか言い出せない内容だって言うから、俺は一応兄として会ったんだ。そしたら何だかすごく迫られてきて…それで不倫したんだ。」
「それって何?もしかして自分は悪くないって言いたいの?」
「いや、ちょっとした遊びのつもりだったんだよ。お前との生活はもちろん楽しいけど、ちょっと刺激がなくてマンネリっぽかっただろう?だからちょっとしたスパイスとして…」
「バカじゃないの。それで誰が納得するのよ。」
「頼むよ。悪かったって言ってるだろう。」
「言われるようなことをやってるのはそっちでしょ。これで冷静に話すなんて無理よ。しかも出張だなんて嘘をついて。どうしてこんなことをするの?」
「分かったから、後で話をするよ。とりあえずそれまでは待っててくれ。」
「後っていつ?」
「明後日の朝がチェックアウトだから、帰った時に話をしようぜ。」
「ここまで言われてるのに、不倫旅行は満喫しようってことなの?」
「いや、だってここの旅館めちゃくちゃ高かったんだ。それなりにいいところで、前から泊まりたいって思ってたし。途中で帰るのはさすがにもったいないじゃん。」
電話は切れた。何それ。
「だったらもう帰ってこなくていいよ。あなたがそういう態度なら、こっちもやることはやるから。」
「ちょっと待て。勝手なことはするな。マミともしっかり今後について話をしないといけないんだ。そのための時間であって、決して満喫するとかじゃない。」
「そういえば、マミはあなたと結婚するつもりみたいよ。そこでプロポーズでもすれば、きっと喜ぶわよ。」
「いや、俺は別にそこまでの気持ちは…」
「だったらさっさと帰ってきなさいよ。」
「頼む。俺たちに時間をくれ。それと、旅行期間中は連絡はしてこないでくれ。俺は俺で混乱してるんだ。それなのにお前からプレッシャーをかけられると、精神がおかしくなってしまう。とにかく連絡はやめてくれ。そうしたら、きっとリサが望む結果を出して見せるから。」
「私の望む結果なんて、あんたに出せるわけないわ。私が望んでたのは夫婦円満だけなんだから。」
「そのために今はマミと向き合わないといけないんだよ。とにかく連絡は取れないようにするから。」
5時間後、母から電話がかかってきた。
「ねえ、リサ、大変なの。」
「お母さん、どうかしたの?」
「サトシがすごい高熱を出して、うなされてるのよ。」
「え?サトシが?そうなの?顔色が悪くてぐったりして、名前を呼んでも反応があんまりないの。」
「ちょっと待って。どうしてサトシをお母さんが面倒見てるの?」
「マミから出張だから預かってくれって言われてたのよ。」
「なんですって?」
「うちに来た時は元気があんまりないのかなって思ってたんだけど、夜になって急に症状も激しくなって。とにかくまずは救急車を呼ばないと。それはもう呼んだの。でもうちは田舎だから、なかなか来るのに時間がかかって。電話では『とにかくそばにいてあげて、子供が楽な姿勢を取らせなさい』って言われたの。今はお父さんが見てるんだけど、どんな体勢にしてもずっと苦しそうで。マミには連絡したの?」
「それが全然電話が繋がらないの。何度電話してもダメなのよ。」
何をしてるのよ、あの二人は。
「た、とりあえずお母さんはそのままサトシのことを見てあげてて。どうしたら一番いいか…今は一番辛いのはサトシなの。お母さんがしっかりしないと。」
「そうね。分かったわ。私の方でなんとか連絡を取ってみる。」
「お願い。なんでか分からないけど、全然連絡が取れなくて。」
「うん。なんとかしてみせるから。それと、搬送先の病院が分かったら連絡して。私もなるべくすぐにそっちに行くから。」
それから2日後、葬儀場で私はマミと向き合っていた。
「お姉ちゃん、マジで鬱陶しいんだけど。なんであんなに着信履歴を残してたの?マジでヒステリックは勘弁してほしいわ。アキラも同じ感じでやってたでしょ。正直かなり引いてたよ。」
「なんで全然電話に出なかったの?」
「え、だって…二人っきりでいるのに、それを邪魔されるの鬱陶しいなって思ったの。自然豊かな旅館だし、世間とは切り離された感じで生活するのもいいなって思って、電源を切ってたんだ。デジタルデトックスってやつ。おかげで頭がすっごくすっきりしてる感じもするし。」
「何をバカなこと言ってるの。それで、離婚届はもう書いた?早ければ明日にでも出してもらいたいんだけど。」
「バカじゃないの。そんなことできるわけないでしょ。今はサトシの葬儀中よ。」
「は?あんたに連絡したのに全然出なくて。ちょっと意味が分からないわ。サトシの葬儀って何?意味の分からないこと言わないで欲しいんだけど。」
「サトシ君は昨日の晩に…亡くなったの。それであんたに電話をしてたのよ。」
「嘘よ。そんなわけない。だってサトシは実家に預けてたんでしょ?しかもその時すでに体調が悪かったんでしょ。お母さんが前に会った時よりも元気がなかったって言ってたわよ。」
「でもあんなのちょっとした熱だったし、すぐ治るかなって思ったのよ。」
「あんたは病気の息子を置いて不倫旅行に行ったの。」
「だってこの日をずっと楽しみにしてたのよ。それをちょっと熱っぽいからって理由でやめれるわけがないでしょ。」
「あんたがちゃんと病院に連れて行けば、こんなことにはならなかった。お母さんも『体調が悪いんじゃないの?』って聞いたはずよ。それなのにあんたは『心配ない』って答えたんですって。」
「だって、具合の悪い息子を置いていくってなったら、二人から文句言われそうだったし。」
「あんたは自分の都合ばかりで、全然サトシのことを考えられてないじゃない。」
「だってこんなことになるなんて想像できないよ。風邪なんて何回も引いたことがあったんだよ。それなのに今回だけそんな重症になるなんて…」
「そうやって言い訳をしてなさい。あんたにはもう関わりたくないから。」
「ちょっと待ってよ。今から私も葬儀に行くから。」
「好きにしたらいいわ。」
葬儀場に着くと、母がいた。
「マミ、あんたって子は本当に…」
「ちょっと待って。私だって混乱してるんだから、怒るのはなしにしてよ。」
「こんなことして許されると思ってるの?サトシは苦しみながら、あんたの名前を呼んでたんだよ。それなのに、どうしてあんたは近くにいてやらなかったの?」
「こんなことになるって分かってたら…私だけ悪者にしないでよ。」
「不倫なんてしてよくそんなことが言えるね。息子を一人にして。しかも相手は妹君だろう。どれだけあんたは家族を不幸にしたら気が済むんだ。」
「だって、好きになったんだから仕方ないじゃん。」
「大人なんだから理性を持って行動するべきなんだよ。」
「説教はいいから。葬儀場はどこ?とりあえずそっちに行くから。」
「私はまだ正直疑いもあるんだからね。そうやって私のことを責めようとしてるんでしょう。」
「バカだね。そんなことをするほどの愛情もないよ。」
「何を言ってるの?もう私たちはあんたを家族だとは思わないって言ってるんだ。」
「絶縁ってこと?」
「そう思ってくれて構わないよ。」
「なんでそんなこと言うのよ。私が今どんな精神状態か分かる?最愛の息子を失ったんだよ。そんな状態の私と縁を切るって言ってるの?」
「そうだよ。もう私たちに関わってこないで。お父さんの葬儀にも参列させないからね。」
「勝手なことを言わないで。それってお父さんは知ってるの?」
「知らないよ。お父さんの意思も確認しないで勝手なことを言わないで。」
「どうやってお父さんの意思を確認するの?最愛の孫を失って、意気消沈してるんだよ。ずっと食事だって喉を通らないくらいの状態なんだ。そんなお父さんに、あんたの話なんてできるわけないでしょ。」
「お父さんがそんな状態なの?」
「お父さんはサトシのことを本当に可愛がってた。そのサトシがどんどん衰弱していく様子を、お父さんはずっと見ているしかできなかったんだ。」
「お父さんにも謝るよ。」
「やめて。あんたの存在はただお父さんを傷つけるだけ。これ以上あの人を苦しめないで。」
「せめて葬儀場は教えてよ。」
「もう葬儀は始まってるの。今からこっちに来ても遅いのよ。」
10分後、今度はアキラから電話がかかってきた。
「お前、何てことをしてくれたんだ?」
「あら、あなたから連絡が来るなんて意外ね。旅行満喫してると思ってたわ。」
「満喫とかじゃないって言ってるだろ。俺はずっとマミと話し合いをしてたんだよ。」
「そう。マミとは意見が食い違ってるみたいね。まあどっちでもいいわ。私はあなたたちとはもう関わりたくないと思ってるから。」
「それよりも、お前、このことを上司に連絡しただろ。」
「ええ、したわ。」
「なんでそんなことをするんだよ。悪いことをしたとは思ってるけど、これは身内のことだろう。どうして会社の人を巻き込むなんてことをしたんだ。」
「あんたはサトシ君のことを聞いてるの?夜に容態が急変して、どうにかしてマミに連絡を取る必要があったの。でもあの子は電源を切ってて応答が全くなかった。そうしたらあんたにどうにかしてもらうしかなかったの。だからあんたに電話したけど、そっちも繋がらないから、会社の人に事情を伝えて連絡できないかを聞いたの。出張だって一応は言ってたから、もしかしたら仕事用のスマホとかは持ってるかもって思ってね。」
「そんなのあるわけないだろ。出張なんてそもそもなかったんだ。」
「みたいね。そう言われて、こっちはどうすることもできなかったわ。」
「そのせいでこっちは上司に切れられたんだ。不倫のために出張を利用したことが許せないって言われたんだよ。おかげで上司からの信頼を失った。これから仕事も振ってもらえなくなるかもしれない。そうなったらどうしてくれるんだ?」
「別にそんなの私が知ったこっちゃないわ。信頼を失うようなことをしたのはあんたでしょ。回復できるように頑張るしかないんじゃない?」
「簡単に言うなよ。」
「それと、私はあんたと離婚するからね。」
「ちょっと待て。話し合いをしようぜ。」
「いやよ。あんたの顔なんて見たくもないわ。しばらく私は実家にいるから。マンションにはあんたがいていいからね。タイミングを見て引っ越すから、その時に荷物は取りに行く。だからそれまで私の荷物には指一本触れないで。」
「俺の気持ちをちゃんと聞いてくれよ。」
「あんたの気持ちなんて分かってるわよ。どうせ妹に言い寄られて流されたってだけでしょ。」
「そうなんだよ。俺の本意ではないんだ。」
「そんなの何の言い訳にもならないから。私のことを思ってるとか本気で言うなら、流されたりせずに断るべきだったのよ。それで二人で旅行にも行って、この2日間ずっと楽しんでたってこと。その間ずっと息子の容態が悪化してたんじゃない。そんな人間と誰が結婚生活を続けられると思う?慰謝料も払ってもらうから、そっちもよろしくね。離婚届もすぐに準備するから。」
3ヶ月後、マミが実家に現れた。
「マミ、これ以上お母さんたちに迷惑をかけるのはやめなさい。」
「やっと連絡してきたわね。このクソ女が。さっさとアキラを出しなさい。」
「何を言ってるの?」
「私はアキラとさっさと離婚しろって言ったはずよ。どうしてその約束を守ってくれないのよ。」
「私はもうアキラと離婚してるわ。あんなクズに未練なんてないもの。」
「嘘つかないで。じゃあどうしてアキラは私と会ってくれないの?旅行が終わってから一度も電話に出てくれないのよ。マンションにも行ったけど出てくる気配がない。あんたが実家に匿ってるんでしょう。それで実家に来たのよ。」
「そう。いい加減にアキラをこっちに渡しなさい。いつまでもアキラに執着して本当にみっともないわ。」
「執着してるのはどっちよ?アキラとは離婚してるって言ったでしょ。それはちゃんと証明できるわよ。じゃあなんでアキラは最初からあんたとの関係は遊びだったのよ。どうしようもないクズ人間でね、ちょっと生活に刺激が欲しかっただけだって言ってたわ。最初は単なる言い訳だと思ったけど、どうやら本当だったみたいね。」
「じゃあ何?アキラは私を選んでなかったってこと?」
「そうみたいね。アキラの言い分だと、あんたから言い寄ってきたみたいだけど。」
「だとしても、嫌なら断ればよかったでしょ。」
「まあそうね。それじゃどっちもクズってことでお相子にすれば?」
「私のどこがクズなのよ。自分がやったことを思い返しなさい。あんたは許されないことをしたんだから。」
「私はただ、あんたよりも自分の方が上だって証明したかっただけ。勉強でも仕事でも何でも、自分の方が上だって顔をずっとされてて、むかついてたからね。」
「そんな理由で私の家庭をぶち壊したの?」
「そうよ。それの何が悪いのよ。」
「もういいわ。あんたの倫理感もぶっ壊れてるみたいだから。あんたと話しても無駄だって分かった。ただ、これ以上家族に迷惑をかけるのは許さないから。」
「何が迷惑よ。実家に娘が来るのなんて普通じゃない。」
「あんたはもう家族でも何でもないの。あんたのせいで多くの人が心に傷を負ってる。そのことを分かってもらおうとは思わない。あんたは理解できないでしょうからね。でもせめて関わらないようにはできるでしょう。たまに帰ってくるくらいなら、そんなことしたら次は警察を呼ぶから。それでもいいの?」
「そんなに私は嫌われてるの?」
「嫌ってるとか、そんな次元じゃないから。」
「あ、そう。別にいいわ。私にはサトシがいるから。最愛の息子がそばにいるから、それでいいの。あんたも親も、アキラも私には不要よ。これからは私はサトシと二人で生きていくから。」
「マミ、しっかりしなさい。」
「何よ?」
「サトシ君はもういないのよ。あんたはサトシ君すら手放してしまったの。そのことから目をそらさずに、自覚しなさい。」
「サトシがいない?そんなわけないわ。」
「いつか必ず思い知る時が来るわ。その時に、自分が何をしたのか。そしてもう取り返しがつかないということを思い知りなさい。」
その後、マミはサトシが生きているという妄想に取り憑かれながら生活しているという。不倫の慰謝料の返済のために仕事はちゃんと続けているようだが、存在しない子供と語り合っているところを見た近所の人たちはマミに恐怖を覚え、誰も関わろうとしていないそうだ。
現実を知った時、彼女がどうなるのか。想像するのも怖いが、周りの人に迷惑をかけることだけはやめてほしい。
アキラは今回の一件で上司からの信用を失い、仕事をもらえなくなったらしい。上に取り入るのがうまいタイプで、自分から仕事を取ってくるのが苦手だったようなので、職場での立ち位置にかなり苦労したとのこと。給与も下がり、私への慰謝料の支払いもあって、生活はかなり苦しいようだ。温泉旅行なんてもう行けないだろう。
一方、私は今も実家で生活している。父が元気を取り戻すまでの間、というつもりだったが、私も家族を失ったので、両親と三人でいた方が寂しい思いをしなくて済むのではないかと思ってこの決断をした。
夫や妹の裏切りは本当に辛かった。けれど、私にはまだ両親という存在がいてくれる。これからは両親を支えつつ、仕事を頑張っていこうと思っている。



